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八田宗綱 はったむねつな 

最終更新: 1月8日


File No.8 

【八田宗綱】

はったむねつな 

hatta-munetsuna

【別名Another name】

宇都宮宗綱 

utsunomiya-munetsuna

【生年】応徳3年 

【没年】平治元年

(1086〜1159)

【氏族・血族】藤原氏 八田氏

【父】藤原兼仲(実父)

【養父】藤原宗円


■宇都宮氏の永い栄華の基礎を築いた第二代宇都宮城主


八田宗綱は、藤原北家直系の藤原兼仲の子で、母が身篭って間もなく兼仲が没すると、母は、兼仲の兄弟である宗円の妻となる。生まれた宗綱は養父の宗円の養子となり、

その家督:宇都宮氏を継ぐ。

八田宗綱は、その姓の通りはじめは八田(常陸国、現在の茨城県下館市八田)を政治基盤としていたといわれる。


これは、宗綱自身が八田を称していたことはもとより、諸氏系図で父・宗円が益子の豪族である益子正隆の娘を室としていること、宗綱自身が常陸国大掾の平棟幹(大掾棟幹)の娘を室としていること、小田氏始祖となる次男の知家も八田を称していること、嫡男の朝綱の母が八田局と号されていることなどが背景にあると思われる。


そして宗綱は、その八田の政治基盤を背景に藤原宗円(宇都宮氏初代)の養子となり、真岡の芳賀氏を傘下にして宇都宮に入り、宇都宮氏の繁栄の基盤を整えたといわれる。


※記載の内容は、株式会社みやもとが歴史的資料をもとに独自の解釈も加えて表現しています。史実とは異なる解釈、見解も含まれておりますので、あらかじめご了承ください。


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