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藤原秀郷とは?

​ふじわら ひでさと

平安時代中期(930年頃)の貴族で武将である藤原家直系の子孫。

【別称】俵(田原)藤太(たわらのとうた)意味は藤原氏の長「太郎」から。

【生年没年】不明(890年ごろ誕生・958年ごろ死去?)

藤原秀郷(ふじわらのひでさと)は、貴族が中心であった平安時代に武士団を形成し平将門の乱を平定します。下野(現在の栃木)・武蔵(現在の東京・埼玉・神奈川)の両国司に武門の最高名誉職とされる鎮守府将軍まで昇り詰め、武士の始まりとあがめられた武将です。またその強さは、「近江の大百足退治」に「宇都宮の百目鬼(どうめき)退治」などの英雄伝説も語られる、希代のヒーローでもありました。しかし現代では、全国はおろか地元栃木県においてもその存在を伝える人も少なくなっています。

 

【栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会について】

栃木県の皆さまに藤原秀郷と、県内各市の礎を形成した秀郷流氏族を認識することで、シビックプライドを醸成し、栃木の誇りとして全国に発信し、栃木のブランドアップや観光促進の一翼を担う地域創生活動を行っています!

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本活動は、公益社団法人企業メセナ協議会より芸術・文化支援による豊かな社会づくりの取り組みとして認定されました。

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​藤原秀郷の鬼退治!妖怪退治!!

藤原秀郷のその強さは近江の大ムカデ退治など妖怪退治のヒーローとしても全国的に有名でした。宇都宮での秀郷伝説には、二荒山神社北側の塙田に出没する鬼、百目鬼(どうめき)退治の話があります。▼​下のボタンをクリックして物語をお読みください♪

​↓↓秀郷と百目鬼物語を歌ってみたら...↓↓

秀郷に討たれた百目鬼が動かなくなったとされる場所は、今でも『百目鬼通り』と、その名 を残しています。(二荒山神社 北、八幡山通りから赤門通りに抜ける道)

​↓↓二荒山神社へ行った帰りに探してみよう↓↓

どうめき通り看板

▶︎電車で二荒山神社へお越しの方

・JR宇都宮駅西口よりバスで5分
・東武宇都宮駅より徒歩15分

▶︎お車でお越しの方

・東北自動車道「鹿沼インター」より25分、または「宇都宮インター」より20分

▶︎駐車場:あり(8:00より21:00)ご祈祷の方は利用時間内3時間無料

秀郷は「武士の始まり」の一人

藤原秀郷は宇都宮二荒山神社で授かった霊剣にて将門の乱を平定した功績を朝廷より讃えられ、下野国司(現在の栃木県知事)その後は武士の最高名誉職である、鎮守府将軍を任された武士の始まりとされています。

 

藤原秀郷の名前は二荒山神社の入り口『宇都宮二荒山神社後由緒』に記されています。↓↓↓

二荒山神社 鳥居前
↓クリックして拡大!
由緒書き
藤原秀郷イラスト_グットポーズ

秀郷 ひでさと

 

藤原秀郷の『史実』と『伝説』について!?

藤原秀郷は実在した歴史上の人物ですが、平将門の乱を平定したという『史実』と、オオムカデ、百目鬼を退治したという『伝説』があります。

栃木県立博物館の学芸員 山本さんに講演いただいた資料を公開中です!

実は栃木は秀郷の親族だらけ!?

小山氏、佐野氏、那須氏、長沼氏、波多野氏、蒲生氏、奥州藤原氏・・・
傍系は数知れず、宇都宮氏も氏族。

そんな栃木の地名が由来でもある秀郷の親族たちをもっと詳しくみてみよう!