2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』公開!監督 三谷幸喜・主演 小栗旬!

鎌倉殿の13人と藤原北家の意外な関係!

ここでは、HNK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の公開に当たり、ドラマ情報や登場人物と武士の始まりの1人とされる『藤原秀郷』やその血筋の「藤原北家」の関係性についてご紹介します。

『鎌倉殿の13人』ドラマ詳細

【放送予定】2022年1~12月
【脚本】    三谷幸喜(みたに こうき) 
【演出】    吉田照幸(よしだてるゆき)
【制作統括】
清水拓哉(「真田丸」「いだてん」「腐女子、うっかりゲイに告る。」)
尾崎裕和(「軍師官兵衛」「あさが来た」「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」)
【演出】小栗旬、吉田照幸(「あまちゃん」「エール」『探偵はBARにいる3』)
【プロデューサー】大越大士、吉岡和彦、川口俊介

三谷幸喜イラスト似顔絵

三谷幸喜 監督

"平家隆盛の世、北条義時は伊豆の弱小豪族の次男坊に過ぎなかった。だが流罪人・源頼朝と姉・政子の結婚をきっかけに、運命の歯車は回り始める。


1180年、頼朝は関東(坂東)武士団を結集し平家に反旗を翻した。北条一門はこの無謀な大博打ばくちに乗った。
頼朝第一の側近となった義時は決死の政治工作を行い、遂には平家一門を打ち破る。

 

幕府を開き将軍となった頼朝。だがその絶頂のとき、彼は謎の死を遂げた。偉大な父を超えようともがき苦しむ二代将軍・頼家。 “飾り” に徹して命をつなごうとする三代将軍・実朝。将軍の首は義時と御家人たちの間のパワーゲームの中で挿すげ替えられていく。
 

義時は、二人の将軍の叔父として懸命に幕府の舵かじを取る。源氏の正統が途絶えたとき、北条氏は幕府の頂点にいた。都では後鳥羽上皇が義時討伐の兵を挙げる。武家政権の命運を賭け、義時は最後の決戦に挑んだ──。"

ストーリー

『鎌倉殿の13人』とは?

"「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。頼朝の天下取りは十三人の家臣団​(かしんだん)が支えていた。

頼朝の死後発足した鎌倉幕府の御家人たちによる集団指導体制が『鎌倉殿の13人』のモデルになった『十三人の合議制』です。彼らは激しい内部抗争を繰り広げるが、その中で最後まで生き残り、遂ついに権力を手中に収めたのが、十三人中もっとも若かった北条義時である。"

『十三人の合議制』とは?

「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・頼家を支えた十三人の御家人の物語。


【鎌倉幕府十三人の合議制】とは
初めての武家政権として源頼朝によって創始された鎌倉幕府でしたが、正治元年(1199年)初代将軍・源頼朝が急死してしまいます。その時嫡男の『二代将軍』頼家は、未だ18才の若輩で、それまで将軍家の跡取りとして何不自由なく育てられた頼家には、有力な御家人を統率出来る力量が足らなかったようです。


母の北条政子や祖父の時政、そして側近たちには、頼家のただ単に『二代将軍』という名での行いが相当目に余るものだったようです。


北条時政と政子は、このままでは幕府組織の運営は成り立たないと見て、有力御家人十三人が集まり会議をひらいた。そして、幕政をこの十三人の御家人たちが『合議制』で運営していくことに決定された。
表向きは若い頼家を補佐するということだが、実際は頼家の権力を取り上げることが目的であり、『合議制』が始まったのは頼家が二代将軍になって僅か3ヶ月後の事、頼家は幕府の最高権力者ではなく、単なる幕府のシンボルとなってしまったのでした。


ただ、この幕政において十三人全員で合議された事例はなく、数名での評議の結果を参考に頼家が最終的判断を下す制度で頼家を補完する機能を果たしていた、とする見解もあります。


この幕政は、十三人の御家人の中から死亡者などの欠員が出て2年をもたずして解体されてしまい、その後鎌倉幕府も権力抗争の果てに崩壊し、源家の嫡流は断絶。その後は北条義時の嫡流が治めていく事となるのです。

​「13人」は誰?

『鎌倉殿の13人』のうち、4人は藤原秀郷と同じ『藤原北家』、中でも比企能員と安達盛長は更に近い『北家魚名流』 しかも、比企能員は『秀郷の末裔』を称した『北家秀郷流』になります。

​【鎌倉殿の13人 人物】(:ドラマのキャスト)

北条義時 (ほうじょう よしとき):小栗旬

北条時政 (ほうじょう ときまさ):坂東弥十郎

比企能員 (ひき よしかず)※ 藤原北家秀郷流 : 佐藤二朗

安達盛長 (あだち もりなが)※藤原北家魚名流 :野添義弘

和田義盛 (わだ よしもり):横田栄司

梶原景時 (かじわら かげとき):中村獅童

三浦義澄 (みうら よしずみ):佐藤B作

大江広元 (おおえ ひろもと):栗原英雄

三善康信 (みよし やすのぶ):小林隆

中原親能 (なかはら ちかよし):未定

二階堂行政 (にかいどう ゆきまさ):未定

足立遠元 (あだち とおもと)※藤原北家魚名流 :未定

八田知家 (はった ともいえ)※藤原北家道兼流(宇都宮氏 二代当主 宗綱の子):未定

※藤原氏は大変多かったので、地名などを名字として名乗りました。 

栃木の武将『藤原秀郷』も属する「藤原北家」

鎌倉殿の「13人」のうち4人が藤原北家(ふじわらほっけ)。

藤原北家」とは藤原北家の血筋や北家の考え方を受け継いでいる人々を指します。

比企能員ひきよしかず_キャラクター

​埼玉

比企能員 
ひき よしかず

別名:藤四郎、判官、廷尉

生誕:不詳

死没:建仁3年(1203年)

氏族:比企氏(藤原北家秀郷流

 

平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。鎌倉幕府の有力御家人。阿波国または安房国出身とみられる。藤原秀郷の流れを汲む比企氏の一族。源頼朝の乳母である比企尼の甥で、のちに養子となる。

福島

安達盛長あだちもりなが_キャラクター

安達盛長 
あだち もりなが

別名:藤九郎

生誕:保延元年(1135年)

死没:正治2年4月26日(1200年6月9日)

氏族:藤原北家魚名流、安達氏

 

平安時代末期、鎌倉時代初期の武将。鎌倉幕府の御家人。鎌倉時代に繁栄する安達氏の祖で、源頼朝の流人時代からの側近である。兄は藤原遠兼でその子が足立遠元とされている。

足立遠元 あだちとおもと_キャラクター

東京

足立遠元 
あだち とおもと

別名:四郎、遠基

生誕:不詳(1130年代前半?)

死没:不詳

氏族:足立氏(藤原北家魚名流または勧修寺流、武蔵武芝後裔とも)

 

平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。足立氏の祖。武蔵国足立郡(現東京都足立区から埼玉県北足立郡)を本拠とする。

八田知家 はったともいえ_キャラクター

栃木

八田知家 
はった ともいえ

別名:八田四郎、筑後入道尊念

生年:康治元年  

没年:建保6年

氏族:宇都宮氏〜小田氏 (藤原北家道兼流

 

平安時代末期、鎌倉時代初期の武将。鎌倉幕府御家人。下野宇都宮氏の当主・宇都宮宗綱(八田宗綱)の四男。鎌倉幕府の十三人合議制の宿老の一人。小田氏の始祖であり小田城の築城者。

まとめ 鎌倉幕府頼朝の側近として活躍した藤原氏

2022年放送予定の三谷幸喜監督・主演小栗旬の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。その物語に登場する鎌倉時代活躍した源頼朝の側近でもあった「鎌倉殿の13人」のうち、4人が藤原氏。そのうちの1人、比企能員(ひきよしかず)は、武士の始まりの1人とされる栃木の武将『藤原秀郷』の末裔とも言われています。他の3人も『藤原秀郷』と同じく「藤原北家」の氏族。

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