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栃木県内外には「藤原秀郷」に由縁のある神社が数多くありますが、その中でも栃木県内にスポットを当ててご紹介いたします!
将門との戦いに際し17日間の戦勝祈願にて霊剣を授かり、将門と戦ったといわれます。秋の例大祭は乱を治めた成就の勅祭が起源となります。
秀郷公の子孫であり佐野氏の祖・戸矢子(足利)有綱が祀られる。本殿の彫刻は秀郷公の武勇と竜宮で賜った宝を伝える『俵藤太物語』の名場面。
1602年に佐野信吉が唐沢山から移城
唐沢山城は927年に秀郷公が築いたのが始まりとされ、子孫の佐野氏に代々引き継がれました。1883年に秀郷公の遺徳を称え神社を創建。
弁天池の裏山にそびえる朱色の社。948年、秀郷公の指示にて、弘法大師が江ノ島弁財天での護摩修行時の灰を祀り創建されたといわれる。
藤原秀郷が唐沢山城築城に際し、唐沢山山頂に「大炊の井」の守り神として安芸国厳島大明神を勧請したのが始まりと伝わる。
秀郷公は991年に没し、こちらに有った秀郷公が開基した東明寺に埋葬されたといわれます。二つの鳥居に守られた神域を感じる墳墓です。
秀郷公は将門との戦いの前にスサノオノミコトに戦勝祈願を行い成就したことから京都の祇園社より分霊を勧請し940年に創建されたといわれる。
秀郷子孫の足利家綱(孫太郎)により再建
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