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秀郷も食べた?!平安の食事

 

【秀郷も食べた!?平安の食事】


11月霜月。朝晩はめっきり寒くなり、宇都宮の街並みにも赤や黄色に紅葉した木々が見られるようになりました。木々の色づきとともに、秋の味覚のシーズンにもなります。


栃木は、温暖な地域で野山の自然に恵まれ、季節毎に山の収穫物や地の食物が並ぶ全国有数の味覚県といえるでしょう。


我らがヒーロー藤原秀郷が暮らした平安時代も、米をはじめ麦や粟、キビなどの穀物、栗やトチなどの木の実類や色々なきのこ類、芋や干瓢、こんにゃくなどの野菜や青物類などが多く採れ、山間地や河川の恵みとして、猪や鹿などの獣類、雁や雉などの鳥類、鮒や鮎などの魚類も豊富に獲れたといわれています。


貴族や役職者など上流階級の人たちは、白米と季節の野菜や木の実、鮎などの魚を食べていたと、平安時代に編さんされた辞典「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」第十巻に書かれています。


当時のハレの食事は、円柱状に高く盛ったご飯を中心に、小皿に様々な食材を装い周りに並べた食卓だったようです。この周りに並べる料理を「かずもの」といい、この数をいかに多く供するかが、おもてなしの真髄だったといわれます。


そして、その「かずもの」から後世「おかず」という呼び名がついたと言われます。


下野・武蔵の両国司で官位も従四位下と高い藤原秀郷は、下野国の秋の味覚をどのように味わっていたのでしょうか? ちょっと想像してみると楽しいと思いませんか?


2021年11月1日

文 運営事務局 一般社団法人 武将伝説 理事:岡田康男 イラスト/みやもとデザイナー:田口義尚


 

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