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【第3回】 関東と関西の語源?

最終更新: 2020年10月2日

はじめての歴史ブログ 第3回

ライター記者:ゆめか


みなさんこんにちは!

前回の投稿では、「坂東武士図鑑」の「坂東」ってなんぞや!?ということで始まり、

その語源を岡ジィに教えて頂きながら知ることができました!

最近のクイズ番組や情報番組でも良く出てきますが、

物事の語源や由来を知るとより一層知識が深まり嬉しくなっちゃいます♪

そこで、今回も坂東に続き「関東と関西」の語源について

ゆる~く、一緒に見ていきましょう♪(えいえいおー!)

そもそもみなさんは関東と関西ってどういう意味だか知ってますか?

多分知らないのは私だけかもしれないですが。。。

困った時は、歴史大好き物知り局長の岡ジィ!

ということで、早速聞いてみました。

すると、一言。

「もともと関東・関西って言葉は日本になかったんだよ?」

・・・確かに前回のブログでもあったように、

関東・関西と呼び出したのは江戸以降からということでした。

でも、ん?日本で???

ちょっと深く調べてみたところ・・・

昔、中国には「関東・関中・関西」の3つの関所(都を守るために設置されたらしいです!)があったようです。(ふむふむ)

語源自体はその中国で使っていた言葉が由来となっているようです!

となると、日本の関東、関中(日本では畿内と呼ぶらしい)、関西はどこだったんだろう…?

今と同じ場所なんでしょうか?

しかも「関中」って一体どこなんでしょう?!

ということで、謎は残りますが、今回はここまで!

「関東関西は私たちが思っている関東関西ではないの?」

「今の日本をで言うとどこ?」

って思われる方も多いのではないでしょうか?

次回は、そんな疑問をみなさんと一緒にみていければと思います!

それでは、次のブログでお会いしましょう☆


*English Summary*

In the previous blog, we found out that the real meaning of “Bando”. In this blog, I would like to write about the meaning of the words “Kanto (関東)” and “Kansai (関西)”. I asked about those meaning to my colleague Okada san. He told me that there were no such names in the old time in Japan. Japanese have started using the word “Kanto” and “Kansai” since the Edo period. Those words came from China. In China, they used to call the gate (Seki) “Kanto”, “Kannchu”, and “Kansai”. Seki is written as 関, which means a gate.





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