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藤原 利仁 ふじわら としひと

最終更新: 1月8日


File No.4 

【藤原利仁】

ふじわらのとしひと

【生年・没年】不明

【氏族・血族】藤原北家魚名流

【在位・官位】

上野介〜上総介

武蔵守 従四位下 鎮守府将軍


藤原秀郷と並び藤原氏の武家社会創出を象徴する重要人物。



■斎藤氏の祖

平安前期、後醍醐天皇の御代。奥州を押さえるべき前線の重要拠点であり、東北蝦夷への交通の要衝であった下野国。そこに勢力を拡大してきた野盗・盗賊の討伐のため下野に入り、そこを治める。

当時は、強い者が正義であり、強い者の序列で社会が安定する時代。後年、平安の代表的な武士として伝承、逸話を残し、長く人気を博す。次男の藤原叙用が斎宮頭となり、斎藤氏の祖となる。


芥川龍之介の小説「芋粥」

芥川龍之介の小説「芋粥」は利仁の逸話がモデル。


「芋粥」

時は平安時代の元慶か仁和年間の頃。主人公は、摂政藤原基経の館に勤務する風采のあがらない40歳過ぎの五位小役人。彼は才覚もなければ見た目も貧相で、日ごろ同僚からも馬鹿にされ、道で遊ぶ子供に罵られても笑ってごまかす、情けない日常を送っている。しかし、そんな彼にもある夢があった。それは芋粥を、いつか飽きるほど食べたいというものだった。

ある集まりの際にふとつぶやいた、その望みを耳にした藤原利仁が、「ならば私が、あきるほどご馳走しましょう。北陸の私の領地にお出でなされ」と申し出る。五位は戸惑いながらその申し出に応じ、彼に連れられて領地の敦賀に出向く。しかし、利仁の館で用意された、大鍋に一杯の大量の芋粥を実際に目にして、五位はなぜか食欲が失せてしまうのであった。

今昔物語集の「利仁の将軍若き時京より敦賀に五位を将(い)て行(ゆ)きたる語(こと)」を下敷きにしている。


宇都宮市関白町の関白山神社に伝わる県指定無形文化財「天下一関白神獅子舞」は、この地の治安を回復した鎮守府将軍・藤原利仁の伝説に由来する。


※記載の内容は、株式会社みやもとが歴史的資料をもとに独自の解釈も加えて表現しています。史実とは異なる解釈、見解も含まれておりますので、あらかじめご了承ください。


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