

歴史上の貴族や武士たちの名前の不思議!?
姓と名の間に「の」が入る人名と入らない人名について 2026年11月1日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 歴史上の貴族や武士たちの名前の不思議!? 姓と名の間に「の」が入る人名と入らない人名について 「栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会」の活動をしていて、時々聞かれることがあります。 古代や中世の人物の呼称で、姓と名の間に「の」が入る人と、入らない人がいるのはなぜか、ということです。 「藤原秀郷=ふじわらのひでさと」「平将門=たいらのまさかど」や「藤原道長=ふじわらのみちなが」「紀貫之=きのつらゆき」のように「の」を入れて読む人名と、「上杉謙信=うえすぎけんしん」「織田信長=おだのぶなが」「徳川家康=とくがわいえやす」のように「の」を入れないで読む人名があります。 何か区別する決まりのようなものがあるのでしょうか? ちょっと調べてみたら、時代の流れや政権などの都合によって、簡単に理解できない複雑な経緯がありました。 歴史を見ていると、突然苗字から「の」が無くなる時代があります。 それはいつでしょうか?...


藤原秀郷流を訪ねて《14》
「頼朝の奥州進出から、秀郷流諸氏のその後」 2026.11.1 栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 先日、日光市今市にある歴史民俗資料館で江田郁夫氏による「中世会津街道物語」(会津西街道)と題した講演会に参加しました。個人的に今市から会津若松までのこの街道は大好きで何回となく訪れています。江田氏の講演の中でこの街道は中世より奥州と坂東を結ぶ重要な街道の一つで関所もあった可能性があると指摘していました。 確かに、豊臣秀吉は会津仕置きの帰路にこの街道を使っており、戊辰戦争でも激戦が繰り広げられました。室町時代には藤原地区を領する南山長沼氏と宇都宮氏の関わりなどの記録もあります。そして、近年の足尾地区で発見された1589年(天正17)伊達政宗が足尾の太郎左衛門なる人物に発給した「通行許可証」があります。これはこの時代既に、上野(群馬県)と会津(福島県)の交易があり重要な街道だった証だと思います。 さて、中世の会津地区の歴史を見てみましょう。1589年(天正17)伊達政宗が「摺上原(すりあげはら)の戦い」で蘆名義広を破り会津地


10月の宇都宮は特別な月
菊水祭の月 2026年10月1日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 「10月の宇都宮は特別な月/菊水祭の月」 10月になりました。 私たち宇都宮の市民にとって、10月は特別な月です。 ・10月はどんな月 10月は、古名「神無月(かんなずき)」と呼ばれています。 日本の諸国の八百万(やおよろず)の神々が出雲大社(島根県出雲市)に集まり、人々の様々な「神事」や人々の縁(男女の縁結び・人間関係)や来年の収穫について話し合います。そのため、日本各地の国元を留守にすることから、神のいない月「神無月」と呼ばれます。ですから、逆に出雲だけは「神在月(かみありづき)」といいます。 そんな神様の一大イベントは、神様のお祭り=お祀りともいえますね。 ならば、全国の国々の神様が留守の間、庶民たちにとっても気楽に楽しめるお祭りを・・・というわけではないのでしょうが、10月は全国的に秋祭りの季節です。 ・10月の宇都宮といえば最大最重要な祭り「菊水祭」の月 「菊水祭」は、宇都宮二荒山神社の例祭(本祭)である秋の神事で、令和8年(2026年)は10月


「第34回佐野秀郷まつり」にのせて
平将門を知らずして藤原秀郷は語れない 2026.10.1 栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 1.『平将門が目指したもの』 ―「調停者」から「新皇」へ― ① 東国で何が起きていたのか、律令国家の地方支配が揺らぐ 9~10世紀の東国では、国司・郡司・在地豪族などが複雑に絡み合い、土地・租税・利権をめぐる争いが起きていました。将門もまた、こうした東国社会の中に生きた在地豪族でした。 ② 将門は「争いを収める者」になった 一族間の争いを経て勢力を拡大した将門は、やがて東国の紛争に介入するようになります。武蔵国では、興世王・源経基と武蔵武芝の対立に調停者として介入しました。ここで将門は、「戦う武士」から「東国の争いを裁定する武士」へと変化していきます。 ③ しかし、調停では解決できない壁があった 常陸国の藤原玄明をめぐって、将門と常陸国府の対立が決定的になります。 そして939年、将門は常陸国府を攻撃。ここが大きな転換点です。「一地方の紛争」から「国家との対決」へ。その後、下野・上野などの国府を制圧し、坂東諸国の支配へと


『第34回佐野秀郷まつり』に今年も参加!2026年9月12・13日開催
栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 第34回佐野秀郷まつり 2026年9月12、13日に開催された、『34回佐野秀郷まつり』に今年も参加しました! 昨年に続き佐野市役所1Fに大きなスペースをいただき準備万全、「さのまる」の控え室もあり相乗効果も絶大。 その上、下野新聞様には事前告知を掲載していただいたこともあり、たくさんの方にご来場いただきました。 「藤原秀郷をもっと知って」と平将門や大河ドラマ「豊臣兄弟」との関連も含めて、パネル50枚、そして好評の「貴方も藤原秀郷の子孫かも知れません」の大系図、さらには関連歴史クイズなど盛りだくさんの内容でした。 恒例のワークショップでは昭和レトロな新聞紙のカブトと紙鉄砲など、子供から大人まで楽しんでいただきました。 もちろんフォトスポットも用意、カブトをかぶってハイ、パチリ 今年は地元佐野高校のS.Gクラブも加わり、唐沢山城オリジナルパンフレットの配布や、力作小冊子「私たちの佐野史」を紹介していただきました。 もちろん「ヒーローにする会」宇都宮本会のメンバ


茶の道の伝承と下野の武将「皆川廣照」
2026年9月28日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 『豊臣兄弟』裏話・・・ 茶の道の伝承と下野の武将「皆川廣照」 いよいよ佳境に入ってきたNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」 豊臣秀吉は、弟秀長のサポートもあってか、武士の頂上に駆け上がり、関白の地位も手に入れ、いよいよ天下をうごかし始めました。(放送9月27日現在) そんなドラマの中に、不思議な存在として「千利休」が登場しているのに気がついた方も多いのではないですか?俳優・吉岡秀隆さんが演じていますね。今後の展開の中で、どのような役割になっていくのでしょうか? 「千利休」は、皆さんご存知のように茶道の創始者として有名です。 現代においても利休の流れを継承する流派として、茶道の三千家として「表千家」「裏千家」「武者小路千家」の三家が、その教えを綿々と受け継いでいます。 ただそんな千利休ですが、あまり知られていませんがいわゆる指南書や語録などの記録はほとんど残していません。 現在残されている利休の指南書で後世茶道界に大きな影響を与えたといわれる「南方録」という記録本があり

























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