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藤原宗円 ふじわら そうえん

最終更新: 1月8日


File No.5 

【藤原宗円】

ふじわらそうえん

文武に秀でた武士。当時の北関東における中心的存在。

【別名】宇都宮兼綱

【生年】長元6年1033年(または長久4年1043年)

【没年】天永2年1111年

【氏族・血族】

藤原北家道兼流宇都宮氏

【在位】

下野宇都宮氏 初代

宇都宮城を築城したと言われている。



■ 藤原宗円の生い立ち


藤原宗円は、藤原秀郷と同じく藤原鎌足の直系。

平安中期、一条天皇の摂政として勢力を持っていた藤原兼家のひ孫、藤原兼房の次男という名門の生まれ。


永承6年(1051年)陸奥で勢力を誇っていた豪族:安倍氏が朝廷に反抗し、これをおさえるために朝廷は、源頼義・義家父子を陸奥守として派遣、この際、戦いに勝つことを祈祷する僧侶として宗円が同行した。

宗円は氏家郷勝山(さくら市氏家勝山)にとどまり、戦勝祈念の祈祷をした。

この時に祈った不動明王を、康平6年(1063年)に多気山に祀り、田下城を築く。この不動明王が、現在多気のお不動さんとして宇都宮市民に親しまれている多気山持宝院で、ご本尊の不動明王は市指定文化財になっている。

宗円は、もともと石山寺(一説に現在の大谷寺)の座主であったとも言われ、仏法を背景に勢力を拡大したと考えられている。

その後、日光山輪王寺の住職や宇都宮の寺社寺院をとりしきり、宇都宮城主を命じられる。



■ 宇都宮氏の祖


宗円は宇都宮氏の祖先であるばかりでなく、八田氏、小田氏、氏家氏、塩谷氏、など多くの氏族の祖先となり、その勢力は、下野国だけでなく常陸にまで及んだといわれている。


新里町の日枝神社に伝わる宗円獅子舞は、宗円ゆかりの伝統舞で毎年2回奉納される。宇都宮市指定無形文化財。



※記載の内容は、株式会社みやもとが歴史的資料をもとに独自の解釈も加えて表現しています。史実とは異なる解釈、見解も含まれておりますので、あらかじめご了承ください。


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