

【水野先生コラム】皆川歴史研究会が発足します/その②
2025年11月22日 栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会 顧問 水野 拓昌 無名の武将・皆川広照 信長、家康も名を間違えた 「皆川歴史研究会」発足に合わせて、藤原秀郷の子孫で、ドラマチックな生涯を送った戦国武将・皆川広照の魅力を紹介していきます。 「栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会」の皆様は、皆川広照はご存じかと思いますが、世間一般には無名です。戦国マニアでも名も知らないという人はいます。名くらいは知っている程度の人もかなり多いと思います。とにかく地味です。 これは、広照が生きた時代も同様で、1581年(天正9)、広照は織田信長に名馬3頭を献上しましたが、『信長公記』は「蜷川山城守」と誤記。さらに数日後、信長が献上された馬を大変気に入っていると伝えた徳川家康の書状も、宛名が「蜷川山城守殿」となっています。広照と信長の間を取り持ったのは家康ですが、その家康自身が「皆川」(ミナガワ)の苗字を「蜷川」(ニナガワ)と読み違え、それが信長に間違って伝わったようです。 「いきなり、しようもないエピソードを出しやがって、最初にこれか。何が皆川広


【水野先生コラム】皆川歴史研究会が発足します/その①
2025年11月21日 栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会 顧問 水野 拓昌 戦国時代を駆け抜けた栃木の武将・皆川広照の生誕480年目、没後400年の節目を迎える2027年を前に、2025年12月22日、栃木市に「皆川歴史研究会」が発足します。私も会員として末席を汚すこととなり、「栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会」の皆様にも知っていただきたく、ご紹介します。合わせて、こちらで皆川広照の業績、人物像を紹介するコラムを連載したいと思います。どうぞよろしくお願いします。 なお、「皆川歴史研究会」では「皆川廣照公」と表記しますが、こちらのコラムでは、客観性を持たせ、広く知ってもらいたい観点から、あえて旧字とせず、「皆川広照」と表記します。皆川広照は藤原秀郷の子孫の中でも特に注目すべき人物で、戦国時代に活躍した武将です。80年の生涯はピンチの連続。アップダウンの激しくドラマ性に富む事績、皆川広照の魅力は次回以降、この連載で紹介していきたいと思います。 12月22日開催の講演会「栃木市の礎を築いた皆川廣照公」 今回、まずご案内したいのは、「皆川


【水野先生コラム】藤原秀郷流の末裔達。
2025年7月18日 栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会 顧問 水野 拓昌 田沼意次 意知父子VS佐野政言 2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の重要人物として登場している田沼意次(おきつぐ)、意知(おきとも)父子と「世直し大明神」と呼ばれる佐野政言(まさこと)...

