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実りの秋と米俵

最終更新: 2020年10月2日

 

 9月になり、まだまだ陽射しは強く暑い日が続いていますが、朝夕はようやく過ごしやすさも感じるようになりました。9月は別名「長月(ながつき)」ともいわれます。長月の由来には諸説あり、定かではありませんが、昼間の時間が短くなり夜が長くなるので、「夜長月(よながづき)」と呼ばれていたのが変換したという説が有力ですが、別説として、稲穂が最も長く成長する時期なので「穂長月(ほながつき)」が略されたという説、稲刈りの月なので「稲刈月(いねかりづき)」と呼ばれていたのが「ねかづき」となり「ながつき」になったという説もあります。どちらにせよ、長月の名の由来は、収穫の時期という説には説得力があります。秋はやはり収穫の秋、というのが一番ピッタリしていると感じます。 昔は収穫した米を俵に入れて保管しましたが、俵と言えば、私たちのヒーロー藤原秀郷も別名を「俵藤太(たわらのとうた)」として親しみを込めて呼ばれます。これは、秀郷が近江の国で大ムカデを退治したお礼として、琵琶湖の龍宮の主から「食べても食べても、減らない米俵」を貰ったという故事伝承から、「俵藤太(たわらのとうた)」(藤太は、藤原氏の太郎:惣領・長男という意味)とよばれるようになったということです。秀郷は、収穫にも深く関わる名君だったのでしょう。名前や名称の由来伝承についても考えてみると、またひとつ別の歴史が見えてきて面白いと思いませんか?


2020年9月1日

文 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 局長:岡田康男 イラスト/みやもとデザイナー:田口義尚


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