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栃木の武将 藤原秀郷をヒーローにする会 皆川城跡・金剛寺 歴史探訪レポート 2026年3月28日開催

  • 1 時間前
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『法螺貝城。地形が、そのまま戦略だった!』


絶好の行楽日和。やわらかな陽気に誘われ、「栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会」では、栃木市の皆川城跡と金剛寺を訪れ、皆川氏の歴史を学びました。


実際に山へ足を踏み入れると、そこはまさに“体感する歴史”。「ここが曲輪か?」「この堀切は深すぎて攻められない」といった声が自然と上がり、進むほどに山城の構造が立体的に見えてきます。皆川歴史研究会代表・大橋氏による解説のもと、地形そのものが“歴史の教科書”であることを実感しました。急な斜面を登った頂上からの眺望も素晴らしく、桜や菜の花に彩られた里山の風景が広がります。参加者の皆さんとお弁当を広げ、春の訪れを味わうひとときとなりました。


金剛寺から望む皆川城址
金剛寺から望む皆川城址

柿上住職の操縦にてドローン空撮
柿上住職の操縦にてドローン空撮

皆川城址
皆川城址


皆川氏は、藤原秀郷の流れをくみ、小山氏、長沼氏を経て続く武家の系譜に連なる一族です。その居城である皆川城は、山全体を利用した典型的な山城で、尾根に沿って曲輪や土塁を幾重にも配置し、堀切によって敵の侵入を遮断するなど、戦国期の高度な防御構造を今に伝えています。こうした構えを実際に歩いて体感することで、坂東武士の実戦的な知恵の確かさがより鮮明に浮かび上がります。


この城を拠点とした皆川広照は、戦国から江戸への転換期を生き抜いた武将であり、徳川家康から厚い信頼を受け、家康六男・松平忠輝の養育を任されるなど、重要な役割を果たしました。また、広照の時代に築かれた城下町は、後の「蔵の街・栃木」の発展の礎となり、現在の町並みにもその影響を見ることができます。


栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会の

ホームページ『坂東武士図鑑』で皆川広照をチェック!


ふもとにある金剛寺は、皆川氏の菩提寺として知られ、武家の歴史と信仰を今に伝える重要な寺院です。境内には、皆川氏十九代の歴代墓所があり、戦国から江戸時代を通じて一代も欠けることなく埋葬されてきた、全国でも貴重な史跡です。また、柿上住職による仏像や寺宝の解説も大変わかりやすく、薬師如来像や釈迦如来坐像、広照が着用していた鎧兜など、一つひとつに込められた歴史の重みを実感することができました。


城と寺を一体で巡ることで、単なる史跡見学にとどまらず、先人たちがこの地に積み重ねてきた営みが、立体的に浮かび上がります。


金剛寺 本堂
金剛寺 本堂

薬師如来(市有形文化財)
薬師如来(市有形文化財)
皆川広照着用南蛮胴具足(市有形文化財)
皆川広照着用南蛮胴具足(市有形文化財)
皆川広照着用赤備え鎧兜
皆川広照着用赤備え鎧兜
如意輪観音菩薩像
如意輪観音菩薩像
藤原秀郷公から続く皆川氏の系図
藤原秀郷公から続く皆川氏の系図

皆川広照の肖像画
皆川広照の肖像画
柿上住職
柿上住職
皆川歴史研究会代表の大橋氏
皆川歴史研究会代表の大橋氏

境内には、皆川氏19代の歴代墓所があり、戦国から江戸時代を通じて一代も欠けることなく埋葬されてきた、全国でも貴重な史跡です。


皆川家19代歴代の墓所
皆川家19代歴代の墓所

皆川広照は、茶道や狂言にも造詣が深く、文武両道の将であったと伝えられます。特に千利休の高弟である山上宗二(やまのうえ そうじ)との関係は、戦国史の中でも非常に情熱的で、深い信頼関係に基づくものでした。





今回の活動は、歴史・自然・文化の魅力を同時に体感できる充実した内容となり、美しい里山の春とともに、歴史がぐっと身近になる一日となりました。


本会では、こうした歴史を「知る・歩く・伝える」活動を通じて、栃木の武将藤原秀郷に続く『栃木の誇り』を次世代へつないでいきます。




【皆川歴史研究会】保存修復有志を募集中

皆川歴史研究会は、皆川氏にまつわる歴史を調査・研究し、その魅力を広く発信していくために設立されました。会員同士で学び合いながら、地域の方も気軽に参加できる開かれた場を目指しています。皆川氏の足跡をたどり、地域の歴史を次の世代へつないでいく活動を行っています。

ホームページ:https://minagawa-rekiken.jp/

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