【第16話】那須与一「扇の的」800年語り継がれる一発芸(2022年8月6日 投稿)
水野先生コラム:16回目
ライター:『鎌倉殿と不都合な御家人たち 「鎌倉殿」の周りに集まった面々は、トラブルメーカーばかり?』(まんがびと)『小山殿の三兄弟』(ブイツーソリューション)、『藤原秀郷』(小学館スクウェア)著者・水野拓昌
源平合戦の最中、1185年(元暦2年)2月18日の屋島の戦いで、那須与一が扇の的を射落とした名場面は源平合戦に花を添え、『平家物語』最大の見せ場です。那須与一はこの場面にしか登場しない“一発屋”ですが、800年以上も語り継がれた“永遠の一発芸”であり、多くの武士にとって憧れのスーパースター。栃木県大田原市をはじめ地元・那須地域でも数多くの伝承があり、栃木県が誇るべきヒーローです。
■ 創作とは思えない臨場感、興奮の余韻
『平家物語』には見事な描写で那須与一の活躍が描かれています。
与一がぎりぎりまで弓を引き絞り、70メートル先の的が上下に揺れ、沖の平家、陸の源氏が固唾を飲んで見守る緊張感。与一がクローズアップされたり、いったんアングルが引かれて見守る周囲の武士に視点が移ったりします。そして、与一が祈る生国の神々は、日光権現、宇都宮大明神、那須温泉(ゆぜん)大明神。栃木県を代表する日光二荒山神社、宇都宮二荒山神社、那須温泉神社です。
さらに「ひょう」と放ったときの擬音や鏑矢が空を切って音を響かせるさまが描かれ、扇が空を舞い、ひともみふたもみと揺れながら着水する様子は、まさにスローモーション。続いて平家が船端をたたき、源氏が箙(えびら、矢箱)をたたくといった筆致は、一瞬後のどよめき、見た者の興奮の余韻まで感じさせます。
まるでスポーツドキュメント、あるいは映像に近い臨場感です。
講談でも人気の演目。講談では、「扇の的」は平家の策略、扇の日の丸を射抜いては朝敵となり、外しても腕がないとみられてしまう……と前振りが語られますが、これは緊張感を高めるためのドラマ的演出。この時代、日の丸にそこまでの象徴性があったのかどうか分かりませんが、『平家物語』では源義経は「真ん中を射よ」と命じ、与一も神々に「真ん中を射させたまえ」と願っています。扇の真ん中を狙ったうえで、結果的に扇の要を射切ったのです。
■情けない那須与一の架空人物説
臨場感あふれる那須与一の活躍は想像では書ききれない細かな情景、その場の興奮が描かれていると思うのですが、いまだに与一について架空人物説が散見されるのは情けないことです。歴史書である『吾妻鏡』には出てこない、しかも屋島の戦いの日付も1日違う、与一についても『平家物語』では20歳くらい、『源平盛衰記』だと17歳と不確かというのがその根拠。 確かに実在の証拠はありません。系図に明記され、地域の伝承もありますが、『平家物語』の影響を受けたと片付けることもできます。
ですが、実在の可能性は高いとみるべきです。
「扇の的」は創作にしては唐突で、ストーリー上の必然性はないし、残る史料が限られているこの時代の人物について『吾妻鏡』に記述のないことをもって架空とするのは短絡的です。
南北朝時代の那須家には、与一伝承の母衣を贈ってわが子を激戦に送りだす母の話があり、那須家には早くから与一ゆかりの品、与一に関わる伝承があるのです。これも決定的な証拠にはなり得ませんが……。
■与一は秀郷流か、「光る君」道長の子孫か
実名は那須宗隆。与一は「十余り一」すなわち十一男を意味する仮名、通称です。「余一」という表記もあります。
また、那須氏は秀郷流藤原氏ですが、一方で藤原道長の子孫でもあります。藤原道長は摂関政治の栄華を極め、『源氏物語』光源氏のモデルとされています。実際には光源氏の人物像の一部が重なる程度で、『源氏物語』が書かれている当時、現在進行形での愛読者の一人。新作を真っ先に読める立場でした。
与一が道長の子孫か、秀郷の子孫かということに話を戻しますが、まず、藤原道長の曽孫に須藤貞信という人物がいます。那須郡を拝領して須藤氏を名乗ります。「那須」と「藤原」で「須藤」とする説もあります。
貞信の後、資満、資清、資房と続き、資房に実子がなく、秀郷流藤原氏の一門・山内首藤氏から養子を迎えます。資房の養子が宗資。須藤(すどう)氏が首藤(すどう)氏から養子を迎えるややこしさで、ともかく、ここで秀郷流藤原氏となります。須藤宗資の子が那須資隆。那須を苗字とします。那須資隆は与一宗隆の父です。
なお、系図もいろいろあって、資房と宗資が同一人物だったり、山内首藤氏からの養子が資通だったり、那須氏の祖を資房としたり、細かな点で違いがあります。大ざっぱに言えば、藤原道長の子孫の家系に秀郷流藤原氏の山内首藤氏の流れが合流したのです。 これは、藤原道長の子孫である須藤貞信の家系と、関東進出を進める源氏の家臣でもある山内首藤氏の家系との間で那須地域をめぐる勢力争いがあり、勝者による乗っ取りの痕跡がこの込み入った系図だと想像することもできます。
【次回のコラムも乞うご期待!】
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