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塩谷朝業 しおのやともなり 

最終更新: 1月13日


File No.25 

【塩谷朝業】

しおのやともなり

tomonari_shionoya


和歌を通じて時の将軍・源実朝と親しかった。

He was a friend with “SHOGUN” Minamotono Sanetomo through poetry “WAKA”.


【別名】信生法師

【官位】従五位下 

兵衛尉 周防守 民部大輔

【生年】承安4年 

【没年】宝治2年(1174〜1248)

【氏族・血族】藤原北家道兼流下野宇都宮氏〜清和源氏流塩谷氏

【在所】下野国塩谷郷

【父】宇都宮成綱  【義父】塩谷朝義

【母】平長盛娘

【妻】塩谷朝義娘

【子】塩谷親朝 笠間時朝

【兄弟】宇都宮頼綱 業綱 永綱


■有名な和歌と生涯

父は宇都宮氏第四代の宇都宮成綱で宇都宮氏の生まれだが、名家である清和源氏流の塩谷氏の当主朝義に嫡子がいなかったことから、朝義の娘婿となり塩谷氏の名跡を継いだ。


主君である鎌倉幕府の三代源実朝に仕えて歌詠みの相手となる。

「吾妻鏡」よる逸話では、建暦2年2月1日風邪で勤めを休んでいた朝業に源実朝が心配をして、梅の花を一枝折り、実朝と名乗らずに朝業に届けさせると、朝業は直ぐに実朝から贈られたと理解して、


「嬉しさも匂いも袖に余りける、我が為折れる梅の初花」

  訳:私のために梅の初花の枝を折って、

     お届けいただき、わが家は梅の香りがただよい、

      私の心はうれしさでいっぱいになりました。


と一首詠んで奉じた、とある。


朝業と実朝は、主従を超えた親しい心を交流があり、朝業に対しての実朝の強い信頼が感じられる。建保7年1月27日に実朝が公暁に暗殺されると、出家して信生(しんしょう)と号し、京の嵯峨に隠遁した。

その後の半生は歌人として信生法師日記を著し過ごしたという。


■和歌の文化に貢献

兄の宇都宮頼綱(入道蓮生法師)と共に宇都宮歌壇を創成し和歌の文化に貢献する。

高僧法然を畏敬してその弟子の証空(しょうくう)に師事し、文人・宗教人として暮らした。歌集『信生法師集』をまとめる。新和歌集、新勅撰集にも多く入集している。


矢板市では市のゆるキャラ「ともなりくん」として親しまれている。


※記載の内容は、株式会社みやもとが歴史的資料をもとに独自の解釈も加えて表現しています。史実とは異なる解釈、見解も含まれておりますので、あらかじめご了承ください。


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