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益子貞正 ましこさだまさ 

最終更新: 9月12日


File No. 37

【益子貞正】ましこさだまさ 

sadamasa-mashiko


宇都宮氏配下の名武将で、宇都宮氏に「紀清両党」ありと謳われた名門の一人。

One of the noble samurai families declared that there was “KISEI RYOUTOU” by Utsunomiya Family.


官位=出雲守

生年没年=14世紀半ば。南北朝時代

氏族・血族=紀氏 益子氏

在所・所領=下野国芳賀郡益子邑

主君=宇都宮公綱・氏綱


益子氏十一代当主。

下野国芳賀郡益子邑を本貫とする西明寺城主。

家系は孝元天皇を祖とする紀氏の流れで、大納言紀長谷雄(または征東大将軍紀古佐美とも)の流れをくむ。紀貞隆の次男・益子正隆にはじまる益子氏。

本姓は紀氏。正式な名乗りは紀貞正(き の さだまさ)。


下野国の武士団「紀党」の棟梁。


益子貞正の主君・宇都宮公綱は、初め南朝方にいたが、その後公綱の子・氏綱は、父と一線を画して北朝の足利尊氏に従った。貞正は、宇都宮氏の有力武士団「紀清両党」の一翼であり、主君氏綱に従い、北朝方へと転じた。

貞正は、自らも関東において宇都宮氏の幕将として、常陸国を拠点に勢力拡大を図る南朝方と対立していた。

関東では、上野国における源氏の棟梁新田氏が有力な南朝方として活動し北朝方に圧力を加えており、一方、常陸では南朝の征夷大将軍興良親王を奉ずる北畠親房、春日顕国、広橋経泰、楠木正家らが、宇都宮一族の小田氏、常陸平氏などを味方につけ、猛威を振るっていた。

当時、西明寺城などの貞正の所領は、北畠親房により派遣された南朝公卿・春日顕時により攻め込まれ一時奪われてしまう。南朝方の春日軍の主力は小田勢であったが、小田氏の家祖・八田知家は益子氏を母として生まれた遠い縁戚であり、まさに骨肉の争いだったといえる。

加えて、正平6年/観応2年(1351年)には北朝方の対立は混迷を極め、室町幕府内で台頭してきた足利将軍家の執事高師直・師泰と対立した尊氏の弟・足利直義が南朝方に下り、反尊氏の兵を挙げ、北朝方は分裂状態に陥った。(観応の擾乱)

『太平記』によると、益子貞正は主君・氏綱に従い、尊氏方に属して直義方と薩タ峠で対峙したとある。

直義方の総勢は10万、その内の北関東における直義党勢力1万が宇都宮軍と対峙していた。

宇都宮氏の軍勢は、総大将の氏綱をはじめ紀党の貞正、宇都宮一族の氏家氏、清党の芳賀貞経と他を加えて1500の軍勢であった。これに佐野氏・佐貫氏ら援軍に加わるがその総勢2〜3000。

1万とも1万2000ともいう大軍を誇る桃井軍との兵力差は歴然であった。

緒戦は桃井軍が宇都宮軍を攻撃し長尾軍3000が氏家軍に攻めたが、その後形勢逆転、益子氏を筆頭とする宇都宮軍は、三倍以上の大軍を打ち破ったという。

以後も南北朝の対立は続くが、宇都宮氏には3万もの軍勢が集うようになり、この戦いにより関東において北朝方が優位な地位を確立することとなった。


『紀清両党』

鎌倉時代、宇都宮氏は幕府から強大な軍事力を持つ存在とみられ、度々重用される存在であったようだ。

中でも「紀党」の益子軍と「清党」の芳賀軍の『紀清両党』は、

その中核の精鋭とした武士団として広く知られた存在で、東国武士団の武勇を代表する存在として名高い。

『紀清両党』の「紀」は益子氏の本姓である紀氏から、

「清」は芳賀氏の本姓である清原氏からそう呼ばれる。

いつ頃成立したかは不明だが、

文治5年7月から9月にかけて起こった奥州合戦では、益子正重、芳賀高親が宇都宮朝綱に従い戦功をあげており、源頼朝から源氏の白旗一流ずつを贈られた。

このことが後世まで芳賀・益子氏の栄誉とされ、世にその武勲を知らしめる端緒となったことが確認されている。

名将の楠木正成も「宇都宮氏は坂東一の弓矢とりで、その両翼たる芳賀氏、益子氏ら紀清両党は戦場において命を捨てることを厭わない」と評したといわれる。

以後も紀清両党は、宇都宮氏の筆頭武士団として主君を支えた。


※記載の内容は、株式会社みやもとが歴史的資料をもとに独自の解釈も加えて表現しています。史実とは異なる解釈、見解も含まれておりますので、あらかじめご了承ください。


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