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【第49回】 「鎌倉殿の13人」の一人 安達盛長 (2021年12月25日 更新)


はじめての歴史ブログ 第49回

ライター記者:ゆめか




みなさんこんにちは!

前回のブログでは、2022年1月9日(日)に放送開始のHNK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の前に「鎌倉幕府」を裏から支えた武将について、みなさんと一緒に見てみました!日本初の武家政権の確立をした源頼朝がどうしても学びたかった武術がまさか秀郷流だったとは…!


▼前回【第48回】「鎌倉殿の13人」幕府の成立を裏から支えた武将たちがいた。▼














では!今回のブログに参りましょう!


今回は、「鎌倉殿の13人」のうちの一人で、ドラマにも登場する「安達盛長」という武将について皆さんと一緒にみていきたいと思います!それでは、レッツゴー!




■そもそも「鎌倉殿の13人」ってどういう意味?



大河ドラマのタイトルでもある「鎌倉殿の13人」。


初めてそのタイトルを聞いた時は、


なんで「鎌倉殿」…?


「殿」ってなに…?


13人て誰なんだろう…?


歴史が苦手な私にとっては、謎が深まるばかりでした。。


そこで!事務局の歴史に詳しい岡ジィに詳しく聞いてみました!(ふむふむ…カキカキ…)


岡ジィによると…


"「鎌倉殿」は鎌倉幕府将軍のこと。つまり「源頼朝」のことだね!そして「13人」は、頼朝の近くで彼を支え、頼朝が亡くなった後に天下取りを繰り広げた「十三人の家臣団 (かしんだん)」のこと。”


ふむふむ。。なんとなくイメージが湧いた気がします…!

そして、


"頼朝の死後発足した鎌倉幕府の御家人たちによる集団指導体制が『鎌倉殿の13人』のモデルになったのが『十三人の合議制』”


と教えてくれました!


 

合議制とは?

複数の人の合議によって事を決定する制度

 

武士政権を確立した「源頼朝」の後をめぐって、13人の側近たちがその座を狙って激しい争いがなされたのですね。。。(ゾゾゾ…)





■「安達盛長」ってどんな武将?



その13人のうちの一人に


「安達盛長(あだちもりなが)」という武将がいます。


安達と聞くと、以前の歴史ブログでも紹介した


足立遠元(あだちとおもと)」を思い浮かべます。。。


あだち…だけに。。


遠元も13人のうちの1人ですが、「安達」と「足立」で漢字が違います…!(むむむ!)


何か関係がありそう…となんとなく調べてみると、やはり2人は関係がありました!!





■鎌倉殿の13人の 2人の「あだち」



調べてみた結果、二人は親戚!とのことです!


安達盛長の兄「藤原遠兼」の息子が足立遠元とのことなのです。(ふむ…)



つまり…「安達盛長」は「足立遠元」の叔父ということになります!!



前回ブログでも紹介したように、「足立遠元」は源頼朝の側近中の側近でしたが、

「安達盛長」も同じく側近中の側近だったとのことです。


というのも…一説では盛長は、源頼朝とその妻 北条政子の仲を結んだ人物とのこと!



なんだか…歴史初心者目線ですが、、「安達盛長」がすごく重要な人物に見えてきました…!


▼足立遠元について詳しく知りたい方はこちら!


ドラマの中ではこうした背景がどのように描かれるのか、

ますます楽しみになってきました!


はい!ということで、今回のブログはここまでとします!









▼安達盛長についてもっと詳しく知りたい方におすすめのページ!







▼源頼朝について詳しく知りたい!


















次回も、「鎌倉殿の13人」特集として、13人のうちの一人「八田知家」についてです!知れば知るほど実はすごい…八田知家という武将について、皆さんと一緒にみていきたいと思います!


いつも最後まで愛読いただきありがとうございます!

では!次回のブログでお会いしましょう~♪



 

今日の+α☆

「安達盛長」は「藤原秀郷」と同じ「藤原北家」!


 


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