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第 10 章

魔界からの逆襲〈その2〉

「マオ、逃げるのだ!」
 トウタに言われて、わたしは階段へ取って返す。
 ところが、下り口に設けてあるアルミの扉がだれもいないのに突然閉まり、どんなに力を入れても開けられない。
 わたしたちは、屋上に閉じ込められた。
 がしゃどくろが歯をガチガチならすと、分身の術みたいにしてもう一体が右側から、さらにもう一体が左側に現れた。計三体のがしゃどくろが、こっちへと向かってくる。
「トウタ、どうしよう?」
「こうなれば戦うしかあるまい。百々目鬼はドリームエイジに張りつかせておるゆえ、別の使い魔でな」
 そうだ。トウタは、百々目鬼以外にも使役する使い魔がいると言っていた。
「□△×●?Γ▼◎&Λα ○Ψ$#П……出でよ、化けガラス!」
 呪文を唱え、声を大にしたトウタの口から、白い煙がふき出る…… と、それは透けて見えるけれども、かなり大きな鳥の形になった。トンビよりも、動物園で見たフラミンゴやハゲタカよりも、一回りも二回りも大きな黒い鳥が空高く舞い上がり、「グワーーーーッ!」と聞いたこともない鳴き声を発する。
「あれは、わしの別の使い魔、化けガラス。わしがまだ少年であった頃、山城国(やましろのくに)、今の京都府南部で仕留めた最初の妖魔なのじゃ」
 首をもたげたトウタにならって、わたしも同じように上を向く。
 三体のがしゃどくろも立ち止まり、そろって天空を見上げる。
 上昇した化けガラスは、一旦空中で停止すると、羽をたたんで急降下に入った。
 垂直とも思える急角度で落ちてきた化けガラスは、真ん中にいたがしゃどくろにまっすぐ突進する。
 体当たりを受けたがしゃどくろは、この一撃でバラバラにくだけ散った。
 息つくヒマもなく急上昇した化けガラスは、再び急降下に入る。
 左側にいた一体も、体当たりで木っ端みじんとなった。
 最後の一体もほうむるべく、猛スピードでV字飛行した化けガラスは上空で突進の態勢を整える。
 空をすべるように下りてきた化けガラスの体が目標に激突するという間際、がしゃどくろはすーっと身をひるがえし、軽業師のような動きで相手の背中へ飛び乗った。
 またがられ、しかも両手で首をしめられた化けガラスは、バラ ンスをくずして地面に落ちる。
「あっ !」
 トウタとわたしの声が重なった。
 背中から落ちることで、がしゃどくろを地面に強く打ち付けた化けガラスは、首をしめる手をも振りほどき、逆襲に転じた。大きな羽をはばたかせ、地上からわずかの高さで浮遊しながら鋭い足のツメでがしゃどくろの頭を引っかく。
 やがてあお向けに倒れたがしゃどくろに馬乗りとなり、今度はとがったクチバシで顔面を強打する。
 がしゃどくろは手でクチバシを払いのけようと、防戦一方だ。
 形勢逆転!わたしとトウタが一安心した…… 直後、思いも及ばない異変がすぐそばで起こった。
 バラバラに飛び散っていたがしゃどくろの骨が、二か所で磁石に吸い寄せられるように集まり、元の二体に再生したのだ。
 復活した二体は、化けガラスの背後に移動し、左右に分かれて両翼をつかむ。
 不意を突かれた化けガラスはもがき、逃れようとするが、左右の羽にそれぞれしっかりとしがみつかれてしまい、飛び立てない。
 あお向けに倒されていたがしゃどくろが起き上がり、押さえつけられている化けガラスの首にかみついた。
「ギィーーーーッ !」と耳をつんざくような悲鳴がとどろく。
「このままではいかんな…… 」
 トウタが、しぼり出すような声でつぶやく。
「百々目鬼さんを助けに呼べないの?」
「百々目鬼は、戦闘よりも偵察に適した使い魔じゃ。しかも、おととい倒したがしゃどくろより、ここにおる三体はさらに強力な手合い。わしが使役するもう一匹の使い魔を出すしかあるまい」
「トウタが使える妖魔って、まだいるんだ」
 わたしが、トウタの乗る右肩を見た時、背後に人の動く気配を感じた。
 振り向くなり、わたしの体はこおりついた。
 だって、そこに立っていたのは天馬だったんだもの!
 さらにその後ろには、竜二と、彼よりも年上っぽくて、ワイン色のハデなスーツを着込み、荒っぽそうな雰囲気をかもし出してる金髪男…… こいつがきっと田宮だ …… 二人が控えている。
 天馬は、タバコをくゆらしながら、わたしにうす気味の悪い笑みを向けていた。
 四階に一台だけとまってた黒っぽい車、あれは竜二が運転してた車?わたしは何てバカなんだろう。渉くんを追いかけることで頭がいっぱいになって、これっぽっちも気付かないなんて!
「あなたが…… 式神を渉くんに変身させて、わたしをおびきよせたの?」
 わたしは精一杯強がり、頭の中で整理した推理を天馬に問いかけた。
「だって昨日、あたしの仕事場をパニックにして、あの強〜いオーラを持つ少年とも引き離してくれちゃったりして。あなたたち二人、すごく仲良さそうだったし、 少年の姿をエサにしたら、ひょっとして引っかかってくれるんじゃないかと思ったら、案の定ホイホイと。大分手間がはぶけて助かったわ〜」
「何ですって!」
 頭にカッカと血が上っていくのが、自分でもわかる。
「この間、初めてうちのビルで会った時には、かわいらしくて、霊力まで持ってるステキなおじょうちゃんだとほれ込んであげたのに…… 霊力があるどころか、魔物を操れる術者とはね。しかも、あたしのじゃまをしようってんだから、恐れ入った わよ」
「わたし、術者なんかじゃありません!」
「ウソおっしゃい!あなた、一体全体どんな家の末えいなの?陰陽師?それとも、イタコやはらい屋の一族?そうでなくちゃ、魔物を思いのままにコントロールする術は使えないわよね?」
「わたしじゃなくって、これはトウタが…… 」
「シッ !余計なことは言うな!」
 すかさずトウタが口止めする。
「ふ〜〜〜む。あのカラスの化け物や、この間あたしの式神をぼろぼろにしてくれた魔物を配下にしてるのは、あんたの肩に乗ってる、その小さいやつね。見かけは龍みたいにしてるけど、龍神を操れる人間なんてまずいないんだから、どうせヘビかなんかの精が化けた姿なんでしょ?」
 天馬は、トウタが神霊であり、龍に化身してるってことまではわからないんだ。
「ふふふ。ヘビかなんかの力がどれほどのものか、今から存分に見せてやるわい!」
 トウタが、威勢良く言い放つ。
「そこそこ力は強そうだけど、お前さえ始末すれば、おじょうちゃんの召喚術は封じられそうね〜」
 天馬はトウタにニヤリとして、タバコをうまそうに吸った。
「ならば、封じてみよ!」
 トウタが口を大きく開けて使い魔を呼ぼうとする、その寸前、天馬がわたしに向かって大きく一歩踏み込み、タバコの煙を右肩に勢いよく吹きかけた。
「うぐ〜〜〜〜〜!ゲホゲホゲホッ!」
 煙をまともに吸ったトウタはもんどり打って肩から落ち、地面で苦しそうに転げ回っている。
「トウタ、どうしたの!」
 わたしはしゃがみ、トウタを両手で抱きかかえようとしたんだけれど、激しく動き回るもんだからつかまえられない。
「トウタに一体何をしたの!」
 わたしは、天馬を見上げ、にらみつけた。
「見てたとおり。タバコの煙を吹きかけただけじゃないの〜」
 意地悪くおどける天馬につられて、後ろの二人も機嫌を取るようにヘラヘラ している。
 ひどい !ゆるせない !
「タバコの煙だけで、こんなになるはずないじゃない!」
「まあ、普通はそうなんだけど〜。そもそもヘビって、タバコの煙が苦手じゃないの。その煙にちょちょいとあたしの念もまぜてあげただけなのよ。それにしたって、平凡な魔物なら失神してるはずなのに、まだ動いてるなんてよほど強い力を持ってるのね〜」
 怒りがマックスに達したわたしは、天馬につかみかかった。
 ジャンプして、あの下ぶくれの顔を思い切り引っかいてやろうと思ったのに、手が届く前に、進み出てきた竜二と田宮に左右から抱きとめられた。
「離せーーー !バカーーーー !チカンーーーーーー !」
 激しくもがくわたしの口を、竜二の手がふさぐ。
「このおじょうちゃんを、しばらくおとなしくさせとくのよ」
「はい!」
 天馬に指示された竜二と田宮は、わたしのわきの下にうでを通してがっしりとはさみこむ。どうあがこうとしても、身動きがとれない。もちろん口はふさがれたままだ。
「三号、先にこっちのヘビを始末なさい !」
 化けガラスの首にかみついていたがしゃどくろが口を離してこちらを向き、ヨタヨタとした足どりでやってくる。こいつは「三号」って名前をつけられてるのか。 じゃあ、化けガラスの羽を押さえつけてる二体は、一号と二号ってことになる。
 首をずっとかまれていた化けガラスは、大きなダメージを負ったのか頭をガクンと垂れ、羽をピクリとも動かそうとしない。
 一号と二号は、つかまえた獲物を見せびらかすハンターのように、化けガラスの 両翼をつかんだまま掲げる。
 三号は両手を結んだり開いたりして、トウタをまさにつかみ取ろうという構えに入った。
 トウタはひどくせき込み、まだ身をよじらせ続けている。
 わたしが「トウタ!」といくら叫ぼうとしても、ふさがれた口からはモゴモゴとうなるような声しか出てこない。
 三号が腰を曲げ、地面に向けて両手を突き出すと、それまでもだえ苦しんでいるように見えたトウタの動きが一変した。ピタリと動作が止まり、顔が三号にピシッと向けられる。胴体をつかもうとした三号の両手を、トウタはまるでウナギがにょろりと人の手をすり抜けるかのように逃れ、化けガラスに向かって四つ足で駆けだした。
 まさか、さっきまでの七転八倒は見せかけだったの?
 すると、それまで脱力したみたいにぐったりしていた化けガラスがグイッと首をもたげ、見る間に鋭いクチバシで左側の羽を押さえつけるがしゃどくろの頭がい骨に強烈な打撃を加えた。
 その衝撃で、頭がい骨はボールのように吹き飛ぶ。
 時を置かずに化けガラスが反対側へブンと回したクチバシは、右側のがしゃどくろの額に深く突きささる。
 グワッとそのクチバシが上下に大きく開くと同時に、頭がい骨は真っ二つに割れた。
 首から上がなくなった二体のうでは、それでもまだ羽をつかんでいた。けれど、化けガラスがバサバサっと勢いよく両翼を動かすと、その手は簡単に振り放された。
 数十センチくらいの高さで再び空中に浮かんだ化けガラスは、トウタが向かってくる方向へ低空飛行を始める。
 一方、はね飛ばされ、くだかれた二体の頭がい骨は、それぞれ元の体へと引き寄せられ、早くも再生を始めつつあった。
 トウタと化けガラスが接触するのに、時間はかからなかった。すれちがいざま、両足でトウタをひょいと持ち上げた化けガラスは、そのまま直進し、すぐ後を追いかけてきた三号に体当たりする。
 三号の体をバラバラにした化けガラスは、さらにわたしたちのいる方へ飛んできた。
「危ない、お前たちも伏せろ!」
 天馬が、がなりたてる。
 魔物たちが戦う姿を、竜二や田宮は見えないらしい。ただ、その気配だけは感じて、化けガラスやがしゃどくろのいる方を何となく見ているから、つむじ風が舞っ ている程度の感覚はあるんだろう。しかし、トウタと化けガラスが猛スピードでこちらに向かってきたことで殺気を感じたのか、それに天馬が慌ててうつ伏せになったもんだから、二人もわたしを押し倒して地面に伏せた。
 そんなわたしたちの真上を、化けガラスとトウタが飛び越えていく。
 翼の羽ばたきが起こす強い風が、わたしの顔に吹きつける。
 その瞬間、トウタの声が聞こえた。
「すまん、マオ!ゆるせ〜〜〜〜〜 !」
 えっ?ええっ?
 トウタの声と姿は、飛び去る化けガラスと共にどんどん小さくなっていった。
 あの…… 行っちゃうの?
 これって、わたし、見捨てられたってことなの?
「はははは、あなたの式神、逃げてっちゃったわね〜」
 よっこいしょと立ち上がった天馬が、化けガラスとトウタの飛んでいった遠くをながめながらせせら笑う。
「ご主人様を放り出して、敵前逃亡するなんて、式神失格よ。ていうか、自分の式神にその程度の忠誠しかさせられなかったってところが、あんたも術者とはいえまだ子どもか〜。昨日は憎たらしいガキだってマジギレしちゃったけど、ちょっと大人げなかったわね〜」
 くーーーーーーっ !言いたい放題に言われても、わたしは反論できず、ふさがれた口をモゴモゴさせる。
 トウタは、言うまでもなくわたしの式神じゃない。だから、忠誠心なんてないのは当然だ。でも、でもね、あいつはわたしの守護神じゃなかったの?それも、向こうの方から守護神になるって言ったんだ!
 しかも、「わたしのマイオンリー守護神だ」とか、「心配するな。わしがついておる」とか、大口たたいてだよ!
 なのに、わたしを見捨てて、自分だけ逃げるなんて!
 竜二と田宮に両脇から抱き起こされたわたしは、天馬の正面に引きすえられる。
 化けガラスに大ダメージを受けたはずのがしゃどくろ三体も、いつの間にか完全に体を再生させ、そろってこっちに向かってきた。
「わたしを…… どうするつもりなの?」
 できるだけ強気にふるまおうとはするものの、顔は引きつっている。
「あのガイコツたちに、手は出させないわよ」
 天馬は目をつぶり、何やらぶつぶつとまじないを唱えると、右手の人差し指と中指をまっすぐにしてくっつけ、十字に空を切る。
 すると、わたしの目前に迫っていた三体のがしゃどくろは瞬時に姿を消し、その場に残った三枚の小さな紙がひらひらと飛んで、天馬の差し出す人差し指と中指の間にはさまった。
 和紙のようで、三枚とも人の形をしている。
 ひとまずホッとして、大きなため息が出た。
「ふふふ、安心するのはちょっと早いわよね〜〜」
 人型の紙を内ポケットにしまった天馬が、わたしを見る。
 心臓の鼓動が、どんどん速くなっていく。
 こわばるわたしの顔に、天馬の右手が差し出された。
 わたしの顔をおおうかのように、大きく開かれた手のひら。
 天馬がまたもや何かのまじないをつぶやくと、目の前が急に真っ暗となり、わたしは意識をすぅーっと失ってしまった。

第10章〈その2〉挿絵
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