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第 5 章

妖魔バトル

 ノンストップでペダルをこぎ、マンションまではあと十数メートルだった。
「マオ、マオ!」
 突然、フードの中のトウタがわたしの首を何度もたたいた。
 わたしはブレーキをかけて、振り向く。
「どうしたの?そんなにたたかなくても、わかったから」
「お前の家はもう近いのか?」
「うん、ほら茶色のマンション、ここからも見えるでしょ。あれの五階だよ」
「家には入らず、通り過ぎろ」
「何言ってんの!早く帰らないとママに…… 」
「言われたとおりにせよ!まずいことになるやもしれぬ!」 
 強い調子で言われ、わたしはその勢いにのまれた。
「わかったわよ。ママにしかられた時は、責任とってよね」
 わたしはしぶしぶ前に向き直り、自転車を再び進ませる。
 マンションの前を素通りし、まっすぐ走る。
「ねえ、どこまで行くの?」
「その先に、工事現場があろう。もう人はおらぬ。そこへ入れ」
「工事現場?なんでそんな場所に…… 」 「いいから、早う!」
 そこは新しいマン ションを建築している場所で、骨組みができあがったばかりだ。敷地の周りは金属製の高い壁で囲ってあり、作業員や車が出入りする個所だけアコーディオンみたいな形で左右に開くゲートが設けてある。でも、きちんと閉められておらず、おとな一人が入れるくらいのすき間が空いていた。そこを自転車のまま通り抜け、骨組みの隣に建てられた仮設事務所の裏にかくれる。
「どういうことなの?ちゃんと説明して!」
 わたしにうながされ、トウタはフードからはい出して右肩に乗った。
「ようやく目と鼻がきくようになって、やっと気付いたのじゃ。お前は印を付けられた。天馬にな」
「はあ?印?何それ ?何のために?」
「あやつが使役する式神のために決まっておろう。ほうれ、後を付けてきた式神が、この敷地に入ってきたぞ」
「式神?」
「前なら、見える。ちょうど出入り口の所!」
 ん?何だか黒いモノが見える。煙みたいにぼんやりしてるけど…… 人の形をしてる?
「あれは、何?…… よく見えないよ」
「神経を集中させよ。見えるはずじゃ」
 トウタの口調からは、これまでにないせっぱ詰まったものを感じる。従うしかない。集中…… 集中…… 。
 すると、黒い煙のようなものが次第にうすれていき、その中から人間に似た何かの姿が半透明の状態で現れてきた。と同時に、わたしは目をむいた。
「透けて見えるけど、あれは…… ガイコツ!」
 そうだ。学校の理科室に置いてある模型とそっくりのガイコツが、歩いてくる!
「うむうむ、見えたか。普通の人間には無理じゃが、お前ならできると思うた。あれは、『がしゃどくろ』。無念のまま死んだ者の怨念が集まって生まれた妖魔じゃ。日本のどこにでもおるが、あれを式神として使役するとは、天馬のやつめ、なかなかやりおる」
「天馬が操ってる妖怪なの?」
「式神とは、陰陽師が使役する妖魔のこと。優れた者は、式神をおのれの分身として自在にあやつることもできる。あのがしゃどくろは、天馬がお前に付けた印に導かれてここまでついてきた。おそらく、お前の家の場所を特定するために」
「わたしのどこに印なんてあるのよ?」
「天馬ビルの中で付けられたであろう?ほれ、ここに」
 そう言い、トウタは長いしっぽで左肩をたたいた。
「あっ!」確かに、天馬は去り際に、わたしの頭をなで、左肩に手を置いた。
「もう!何かを塗られたってこと?」
 しっぽでたたかれた個所を、わたしは手でこすった。手には何も付いていない。
「見た目にはわからぬ。やつは、自分の念をここに付けたのじゃ。香のせいで、すぐに気付けなんだ。許せ」
 ガイコツは、こちらを向き、ゆっくりと歩いてくる。
「あの化け物、どうするの?」
「放ってはおけまい。始末する」
「だけど、その体だと大きな霊力は使えないんでしょ?」
「わしは使えぬが、別のモノに使わせる」
 そう言って、トウタは小さな声で意味不明の呪文を唱えだした。
「□△×●?Ф▼◎&Ωβ ○Ψ$#%…… 出でよ、百々目鬼(どどめき)!」
 ふいに大きな声で呼ばわったその口から、白い煙が勢いよく前方に吐き出され、がしゃどくろのすぐそばで異様な姿に変身した。
「どどめき」と呼ばれたそれも、わたしには半透明に見える。全身が灰色で、ゴリラをもっと太らせたような体のあちこちに、大きな目玉が無数に開いていた。
 行く手をさえぎられたがしゃどくろは、歯をガチガチとならして両手を広げ、すごんでみせる。こんな気持ちの悪い化け物が、もし一人きりの真夜中にどっちか一 匹でも目の前に現れたなら、気絶しちゃうんじゃないだろうか…… 。
「わしも神霊となってからは、妖魔を使役できる力を得た。あの百々目鬼は、わしがまだ若かりし日に生まれ故郷の下野国(しもつけのくに)、いまの栃木県で討ち取った妖魔じゃ。妖魔というのは、人の目に見えず、ふれられもせぬ存在だが、時として力を存分に蓄えたやつは実体化し、人間に直接悪さをする。されど勝負にやぶれ、実体を失った妖魔は、霊体だけの存在に戻り、負かされた相手に対し、命令に服従せねばならぬ定めを課せられる。つまりそれが式神だな」
 トウタが、相対する二体の妖魔に目を向けたまま、説明する。
 がしゃどくろは、百々目鬼につかみかかり、大きな口で右うでをかむ。
 妖怪のバトル、それもライブ…… 想像を絶する光景が、目の前で繰り広げられている。恐いという感覚は通り越してしまったようで、わたしは両手に力をこめ、それをただじっと見守った。やがて、百々目鬼ががしゃどくろを振り払い、前に突き飛ばした。
 よろよろと後退したがしゃどくろに対し、百々目鬼の胸のあたりにある一番大きな目から火の玉が飛び出した。
 直撃を受け、火に包まれたがしゃどくろは、歯をならしながらおどるように身もだえする。と見る見るバラバラになって地面にくずれ、やがて消滅した。
「でかした、百々目鬼!戻って良いぞ!」
 百々目鬼はこちらをむいてコクリとするなり白い煙になり、トウタの口に吸いこまれた。
「やっつけたのね」
「うむ。されど、やっかいな相手に目を付けられたな、マオ」
 そう言って、わたしの首の後ろに移動したトウタは、大きな口を開けて左肩に息を吹きかけた。
 何だか暖かくて、気持ちい い。
 少ししてから、トウタはわたしの左耳に顔を寄せた。
「これで良い。邪悪な印は消したやったぞ」
「よかった……… 」
 緊張から解放されたとたん、わたしはへなへなと地面に座りこんだ。

第5章挿絵
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