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第 4 章

吸魂鬼

 建物の中でごたごたしたせいか…… ちょっとつかれた。
 天馬冬樹ビルから外に出たわたしは、すぐには自転車に乗らず、歩道と車道の間にある柵に腰かけた。
 天馬を乗せたと思われる黒い車が、駐車場から飛び出していく。
 わたしは、フードに手をかけ、少しゆすった。
「トウタ、せきをしてたみたいだけど、大丈夫?」
「う〜〜〜〜、あまり大丈夫ではない…… 」
「どうしたの?」
「そもそも邪気に満ちた結界の中に入らされ、気持ち悪うなったうえ、あそこでは香をたいておったであろう。わしは煙が苦手なのじゃ。おかげで、鼻がきかんようになっただけでなく、のどをやられ、目までかすんでし もうたわい」
「それじゃ、あの天馬って人のこと、ちゃんと見られなかった?」
「いや、頭巾からほんのわずか顔を出して、盗み見たぞ。この建物全体に結界を張ったのは、あやつじゃ。相違ない」
「ホントに?」
「ああ、しかも相当に強い霊力を備えておる。力の雰囲気からして、あれは陰陽師の系統か、それとも別の…… 」
「おんみょうじ?」
 「陰陽師は平安時代よりもさらに二百年も昔、飛鳥時代のころから朝廷の中にあった役職じゃ。政治の重要な政策を決める際、占いによって吉凶を判断し、行動規範の方向を示す。全ての事象の原因を説明できるとする古代中国の陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)を学んだ者でなければ、この役職にはつけず、当時は優れた学者のような存在であった。されどその中には、自身の強い霊力と、陰陽五行思想をもとに日本で生まれた陰陽道の知識を合わせ、悪霊のたたりをはらい、占いによって未来をぴたりと言い当てる者も出てきた。力のある陰陽師は時の権力者に重く用いられ、その家系が奈良、平安、鎌倉、室町、江戸時代を脈々と生き残り、数は少ないが今の世にも血筋を伝えておる」
 トウタは、少しかすれた声で説明した。
「そんな人たちが現代にも…… 」
「うむ。ある者は身分を伏せて陰陽道のみを子孫に伝え、ある者は祈祷師・呪術師としてけがれや災いをはらい、またある者は占い師として未来を予言する。あの天馬というやつは、占い師を標ぼうしておるようじゃが、呪術師と言った方が実態に近いのう」
「さっき、陰陽師以外に『別の』って言おうとしたけど、まだ違う系統もいるの?」
「いや、それ はわしの気のせいかもしれぬ。この世で、あのような呪術を使える系統の大半は、陰陽師の血筋じゃからな。されど、本来の陰陽道は天下の安寧に利用されるもので、呪術も悪霊退散を目的とした神聖な力のはず。あれほどの邪気をはらんでおるのが、どうにも解せぬ」
「どっちにしても、その力をあの人は悪いことに使おうとしてるのね?」
「くわしくはわからぬが、あの結界が強力な邪気で張られているからには、とても善人ではなかろう」
「そんな、もっとちゃんと確かめてよ!神様なんだから、その力で天馬の心の中を読み取るとか、何をたくらんでるのか見極めるために、透明にでもなってあのビルの中にもぐり込むとか」
「無茶を言うな。そもそも、本来人の目には見えぬ霊体であるわしが、龍に実体化しているだけでも相当な霊力を使っているのだぞ。今の姿のままでは、心を霊視したり、透明になったりという技は使えん。わし一人なら中にももぐり込めるが、守護神となったからにはお前から一時(いっとき)たりとも離れられぬ」
「それなら、一旦龍の姿をやめて、力を使えるようにしてくれればいいじゃない」
「龍の姿を解けば、消費したばく大な霊力を補充するために、わしはただちに社へ戻らねばならぬ。そうなれば、マオを直接手助けすることは当分できぬ」
「も〜〜〜〜!そんなんじゃ、神様なのにいざという時全然役に立たないじゃない!ていうか、せっかく守護神になってくれても、その小さな体でわたしをどうやって守るのよ?」
「それゆえ幾度も言うように、もうすでに守ってやっておろうが。自転車がぶつかりそうになったおり」
「それって、相手の顔にへばりついた…… 。そんなアナログな方法しか使えないの?」
「ぜいたく言うな。あれでも、精一杯やったのじゃからな。しかも、マオにはかすり傷ひとつつけさせてはおらぬ」
「そりゃまあ、そうだけど…… あの時は…… 確かにトウタがいなければ、大けがしてたと思う。あっ、わたし…… まだお礼も言ってなかったんだよね。ごめんなさい。そして、ありがとう」
 わたしは、後ろをチラリと向いて頭を下げた。いくらびっくりして、あわてるようなことが立て続けに起こったからといっても、助けてもらったお礼を忘れてちゃダメダメだ。それに、守護神になってくれたトウタをせめるような言葉づかいだって、おかどちがいもいいとこ…… 。一呼吸置いて冷静になると、反省すべき点が次から次へとわき出てくる。
 だまりこんだわたしを不審に思ったのか、トウタはフードから上半身を出し、こちらをのぞき込んだ。
「どうした?確かに今のわしは使える力が限られておるが、それでも守護神じゃ。 いかような魔の手に襲われようと、必ずやマオを守ってみせるぞ」
 首をかしげたその仕草がかわいくて、ついふき出してしまう。
「うん、頼りにしてます」
「任せておけ。で、次はどうする?」
「次?…… 天馬は、竜二の車でテレビ局に行っちゃったし…… 」
「あの男がこのビルで何やらおかしなことをやらかそうとしておるのは、まぎれもないぞ」
「おかしなこと?何をやってるって言うの?」
 トウタの断定的な言葉に、わたしの胸の内はザワザワしだした。
「天馬が姿を見せる前に、マオと年の近い子たちがぞろぞろと奥の部屋から出てきたであろう。あの者らを見て、何か気付かなんだか?」
「気付くと言われても…… みんな楽しそうだったし…… でもそう言われてみれば、 親と比べて、子どもたちがちょっと元気ないように思えたことくらいで…… 」
「それじゃ。やはりマオは感じ取っておったか。あれらはみな、天馬によって精気を抜かれておると見た」
「精気を抜かれるって、それ何?」
「まず精気とは、人が生きるうえで、活動の源となる力。今風に言えば、霊的なエネルギーじゃ。だれでも持ってはおるが、強弱が異なる。強い精気を持つ者は、体からその気を大きく発散しておるし、弱い精気しか持たぬ者は、小さな気しか発せぬ。最近では、南蛮語で『オーラ』とも呼んどるな」
 うん、オーラならわかる。わたしは、軽くうなずく。
「精気を抜かれると、どうなるの?死んじゃうの?」
「即刻死にはせん。だが、精気がのうなると、手っ取り早く言えば、やる気や元気がなくなり、何事にも後ろ向き、消極的となる。そうすると、仕事にも学業にも思うように成果はあげられぬし、不注意から失敗を起こし、思わぬ事故にもあいやすい。免疫力は下がり、病気にもかかりやすうなるな。『自分は運が悪い』などと口にする弱虫はよくいるが、その原因は大抵精気の弱さに起因しておるのじゃ。最悪、人生に失望し、自ら命を絶つ場合もある。そして…… 人間の中には、この精気を自由に吸い取ることのできる能力者がまれに存在する。吸血鬼ならぬ、吸魂鬼 (きゅうこんき)。南蛮では、ソウルイーター。『魂を食らう者』と呼んでおる」
「吸魂鬼?精気を吸うって、どうやって?吸血鬼みたいに、首にかみついて、とか?」
「左様なマネはせん。やつらは、手で相手の体にふれるだけで、精気を吸い取れる。中にはふれずとも、近付くだけで吸えるつわものもおる」
「まさか、そのソウルイーターが…… 天馬冬樹?」
「わしの目に狂いがなければ、な。建物の中は香のせいで、目がチカチカしてはいたが、そのくらいは見定められる」
「天馬は、子供のオーラを吸って、どうしようっていうのよ!」
 わたしは、何だか無性に腹が立ってきた。
「さあな。子どもの精気は、大人よりも純粋で、強い。それ を自分の体内に取り込めば、頭はさえわたり、疲れ知らずの身となる。天馬が呪術師であるのなら、呪術の力は大幅に強化されよう。で、猛獣にエサを与えるごとく、天馬に精気を吸い取らせる段取りをしておるのが、ドリームエイジプロモーションということになるのか」
「許せない!じゃあ、天馬は渉くんのオーラも吸い取ろうとしてるってことよね?」
「マオの言う渉という男児を、わしはこの目で直接見ておらぬから断言はできぬが、強い精気の持ち主なのであれば、その可能性は高いかもしれぬな」
「どうしよう…… 渉くんに忠告してあげなくちゃ…… でも、どうやって…… 」  友だちでも、同じ小学校でもない他人から、唐突にオーラだとかソウルイーター だとか言われても、耳を貸してはくれないだろうし。
「今日のところは一旦自宅に戻り、頭を整理してから作戦を立て、明日行動を起こすのが良いのではないか?それに、もう酉の刻じゃぞ」
 トウタにそう言われて、ハッと気付いた。
「酉の刻って、何時?」
「現代では、午後六時かの」
 そう言われて我に返った。西の空がオレンジ色になって、周りは相当暗くなってきている。
「ヤバイ !帰らなきゃ !ママにしかられちゃうよ!」
 わたしは大急ぎで自転車に乗る。でも、家に帰り着くまでに、思いも寄らない魔の手がわたしに忍び寄ろうとしていた。

第4章挿絵
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