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第 9 章

迷宮の恋する乙女

 しばらく広場でぼんやりしてから家に帰ったわたしは、自室のベッドでふとんを頭からかぶった。
「気持ちはわかるが、そろそろ次の手を考えねばならんぞ」
 天馬ビルから家までの間、わたしを気づかってなのか、それともビル内でたかれてるお香のせいでまた気分が悪くなったからなのか、一言もしゃべらないでいたトウタが、やっと話を切り出した。
「う〜〜〜〜〜、次の手なんて言っても、あんなにきらわれちゃったんだから、もうどうしようもないじゃない」
「当たり前じゃ。それゆえ、バカ正直にまことの話をするなと言うたであろう」
「そんなこと言ったって、流れと勢いであんななっちゃったんだもん」
 フトンをかぶったまま、わたしは続ける。
「二度と目の前に現れるな、なんてひどいこと言われたんだよ。最低最悪じゃん ……… もう死にたいわよ」
「たわけ!死ぬなどというおろかな言葉、たやすく口にするでない!」
「だって……… 」
「良いのか?放っておけば、あの渉という少年、いずれは天馬のエジキになろうぞ。それに、天馬のねらいが精気だけとは限らぬようにも思えるしのう」
「えっ?」
 最後の言葉が引っかかって、わたしはフトンから少しだけ顔を出した。
 目の前のベッドの上で、トウタは体をうずのように丸くして顔だけこちらに向けている。窓の外はもう夕焼け色だ。あと一、二時間もすれば、ママが帰ってくるだろう。
「精気だけじゃなかったら、ほかに何があるの?」
「香のせいで目がチカチカしながらも、今日改めてビルの一階をながめ回しておると、受付台に各階を案内する『フロアガイド』の掲示板があった。マオは見なんだか?」
「それどころじゃなかったから、全然気付かなかった…… 」
「そこに表示されていたのは、一階が受付と鑑定ルーム、二階が事務所、三階が会議室、四階が宝物保管庫、五階と六階は『プライベート』と南蛮語で書かれておるゆえ天馬の自室、住まいじゃろう。そして最上階の七階が…… 祈とう室。わしは、 この階がどうも怪しいとにらんでおる」
「どう怪しいの?そこで、何をやってるの?」
「あの建物は、上に行くにつれ邪気がどんどん濃くなっておるのじゃ。となれば、 天馬が何をたくらんでおるか知る手がかりは、祈とう室にあるのではないかな」
「渉くんは、精気を吸われるためじゃなくて、その祈とう室で悪事の手伝いをさせられようとしてるのかしら」
「どうだかのう。ただ精気を吸い取るだけならば、昨日見た子らのように、子ども鑑定大会だろうと何だろうと、適当な催し物をでっち上げて十人、二十人とまとめてビルに呼び、一度に吸い取れば良い。効率的じゃ。それをせず、渉という少年一 人を呼ぶという手間をかけておるのがふに落ちぬ。確かに、あの少年の精気は飛び抜けて強いゆえ、それだけ特に念を入れてかかっておる、というのならまあ納得もできるが…… 」
「そうじゃないかもしれないのね。だけど、その目的を確かめるためには、やっぱりあのビルに忍び込まないと、糸口はつかめないのか…… じゃあ、ドリームエイジっていう芸能事務所の方は?あっちには結界が張ってないんでしょ?天馬の仲間なら、事務所の中に手がかりがあるかも」
「じゃな。ならば、百々目鬼をあの中に張り付かせよう。あやつは目がたくさんあるゆえ、そういう任務にも適しておる」
 トウタはうず状になっていた体を伸ばし、呪文をとなえてから「出でよ、百々目鬼!」と呼ばわった。
 大きく開けた口からふき出た白い煙のかたまりが、わずかに上下しながら部屋の宙に浮いている。
「これより株式会社ドリームエイジプロモーションの事務所内にひそみ、中の様子をつぶさに知らせよ。行け!」
 命令を受けるが早いか、白い煙は流れるように窓ガラスを通り抜け、あかね色の空へと飛び去った。
「でも、知らせを待ってるだけじゃ、渉くんを守れないよね…… トウタの使い魔は百々目鬼のほかにもういないの?いるなら、その使い魔を渉くんのボディーガードにつけてくれない?」
「使い魔はまだおる…… が、わしはマオの守護神なのじゃ。守護神となったからには、お前の身を守るため以外の目的で、使い魔を召し出す訳にはいかぬ。例え出しても、使い魔の方が言うことを聞かぬ」
「そっか…… 渉くんを守れるとしたら、わたしだけ。けど、あんなきらわれかたしちゃってる以上、近くにはいられないし、少し離れた場所から見守るしか…… 」
「あれほど散々な言われようをしても、まだ守りたいとは…… 。マオは、よほどあの渉を好いておるのじゃなぁ」
「へっ?」
 ついマヌケな返事をしてしまったのは、トウタの言葉で、わたしは初めて自分の心の中に気付かされたからだ。
 会ってまだ間もなくて、話をしたのは今日のたった一度だけ。変人呼ばわりされて、ちょっかい出すなとも言われて…… それでも、彼のことがどうしてだか気になってしまう。天馬に何かひどいことをされようとしてるのなら、守ってあげたいと思う。これって…… 彼を好きになっちゃったから?…… いわゆる、一目ぼれってやつなの?こんな気持ち…… 今までなったことがない。胸の中がモヤモヤして、オロオロするばかりなのはどうしてなの?こんなだから、考えだってまとまらない。
 わたしがボーッとしていると、トウタがふとんを尾でペシペシとたたいた。
「恋する乙女にふけるのは後回しじゃ。どうにかして、渉を守る算段を立てねばならぬ」
「えっ?」
 わたしはベッドの上で体を起こし、トウタに向かって正座する。
「渉くんを直接守るのは難しくても、別の方法で守ってくれるのね!」
「勘ちがいするでない。渉を守ろうとして、お前が度々危ない目にあうゆえ、策を練るのじゃ。渉をねらっておる相手は、お前にも手を出してくる恐れがある。渉に目を配り、お前の身の安全も確保するために、どうするのが一番良いか…… 」
「わかってる。でも、うれしいよ、わたし」
 照れかくしなのか、トウタは視線をそらして首をぐるぐる回してか ら、顔をこちらに向けた。
「で、渉の自宅の場所は知っておるのか?」
「知らない」
「渉はどこの小学校に通っておる?」
「知らない」
「肝心なことは何も知らぬのじゃな。ならば、こちらがつかんでおる渉の立ち寄り先は、天馬ビルと、芸能事務所と、児童館しかないではないか」
「だよね」
「先ほどの口ぶりからして、渉はまた天馬ビルに行くであろう。早ければ明日にでも。それをどうやって防ぐかじゃ」
「天馬は人の精気を奪う吸魂鬼で、ビルは邪気に包まれてるからどうにかしてって警察に言っても、相手にしてくれるはずないし」
「当然じゃ」
「思い切って、トウタの姿をパパとママに見せてこれまでの話を信じてもらうのは?それで二人に警察を説得してもらうの!」
「警察を説得するには、お前の両親の話だけではどうにもならず、いずれにせよわしが姿を見せねばならぬ。されど、神霊の姿は守護する相手とその近親者以外に見せてはならぬ、というのが天界の定めじゃ。不特定多数に、超自然的な物を見せれば、必ずや世に混乱を引き起こすからな」
「そうなると…… 」
「防ぐのは、われらしかおらぬ。児童館は何時から開いておる?」
「うーんと…… 午前九時だったかな」
「されば、まず明日は一番に児童館へ向かい、渉が来ておらぬようなら、午前十一時までにまた天馬ビルへ行くか。そこで渉が現れたら、どうにかして阻止せねばならぬ。現れねば…… 天馬に直接会い、やつの真意を確かめるしかないな」
「天馬と直接?…… 話し合いで解決するの?」
「状況によっては戦いになるやもしれぬ。だが、このまま渉を見守っておるだけでは、堂々巡りで終わりが見えぬ。しかも、お前までねらっておるのであれば、いずれ対決はさけられまい」
 何だかわたしは、とんでもない事件に巻き込まれてしまったようだ。
 守護神のトウタがついていてくれるとはいえ、人にはだれも相談できない、しても信じてもらえない。〝ぼっち化〞したわたしの心の中を、どんよりとした雲がどんどんおおいかぶさってくるような感覚におそわれる。
 でもしっかりしなきゃ !わたしのためにも…… 渉くんのためにも!

第9章挿絵
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