第 3 章
謎の霊能力者
いつの間にか、人も車もすごく多いエリアに入っていた。
ここは…… 秋葉原?
アニメやゲームやコミックやパソコン用品を売ってる商店とかビルが、びっしりと建ち並んでいる。歩道では、リュックを背負ったり、大きな紙袋をさげたりしたカジュアルな身なりの若い男性に、メイドやゲームキャラのコスプレをしたおねえさんたちがチラシを配る。
大通りから少し狭い通りに入り、さらに角を曲がって進んだ時、フードがごそごそと動いた。
「止まれ、あの細長いビルじゃ !」
そう指示されて急ブレーキをかけたわたしは、えんぴつみたいな形の真新しいビルを見上げた。
ビルの敷地自体は、それほど広くない。
七階建てで、全面ガラス張り。頂上は円すい形になっていて、金色に塗られている。平凡な雑居ビルが密集している一帯にあって、この一風変わったデザインの建物はとても際立って見える。
ビルの敷地内の駐車場に、例の黒い車があった。ナンバーも同じだ。
駐車場には計三台の車がとめられるようになっていて、今はこの黒い車しかいない。車内は空。茶髪の男は、このビルの中にいるんだろう。
建物の周りには高さが五十センチくらい の低木が植えられていて、その中に設置された金属製の板には「天馬冬樹ビル」と記されている。
ビルの正面に回ると、玄関になってる自動ドアの上には横長で金色の大きなプ レートがかかっていた。
「天馬冬樹の館」
ここにも「てんまふゆき」……この人の名前、どこかで聞いたことがある。
「『天馬冬樹の館』へようこそ!鑑定ご希望の方は、一階エントランスフロアにて受付を済ませ、しばらくお待ちください。完全予約制。鑑定料・三十万円〜 除霊および厄除け・五十万円〜 結界張り・百万円〜 お支払いはクレジットカードでも可能です 営業時間・午前十一時〜午後一時、午後二時〜午後五時」
この金額、なんていうぼったくり!でもこの人って……思い出した!天馬冬樹は、テレビで見ない日がないくらい売れっ子の占い師!……ううん、本人のちゃんとした肩書きは……スピリチュアルカウンセラーだったかな。銀髪のロングヘアで、ちょっといかつい感じの外見なのに、オネエっぽい話し方をするギャップと、相手がだれだろうとズバズバ言いたいことを言っちゃう直言キャラが幅広い年代の女性からすごくウケてるみたい。
ビルに名前をつけてるくらいだから、この建物全体が天馬冬樹の持ち物なんだろう。
てことは、誘かいをたくらんでる会長って、まさか天馬冬樹?
ありえない!だって、有名人で、お金もたくさん持っていそうな人が、わざわざ誘かいなんていう大それた犯罪を計画するなんて。
そうこうしているうちに、ハデな洋服を着た中年の女性がわたしを通り越し、自動ドアを開けて中に入った。この人、きっと天馬の鑑定を受けに来たんだ。
入ろうと思えば、とりあえずはだれでも中に入れる。もちろん、すぐに追い出されちゃうだろうけど。
待てよ…… でも、人気のスピリチュアルカウンセラーと芸能事務所って、普通に仕事の深いつながりがありそうな関係よね。誘かいって、ひょっとしたらバラエティー番組の演出とかなのかも。そうよ、いくら何でも犯罪だなんて…… 。わたしの聞き間違いか、勘違いか…… そう考えると、少し緊張がやわらぎ、気が大きくなった。
「ねえ、わたしたちも入っちゃおうか」
顔を後ろに向け、フードの中に呼びかけた。なんだか、大胆になってる。いくら周りの女の子たちよりちょっとは勝ち気だといっても、わたし、こんなことまでする子だったっけ…… 。
しかし、フードの中からなかなか返事が来ない。
「トウタ、聞いてる?」
もう一度たずねて、ようやく「うむ〜」とうめくような声が返ってきた。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
「悪いとい うほどではないが、確かにあまり良くない」
「何で?神様もカゼをひいたりするとか?」
「そんなんではないわい!問題はこの建物じゃ。周りには数多くの建造物が密集しているが、ここだけ尋常でない強さの結界に包まれておる」
「けっかい?それ なに?」
「魔物や霊が入ってこないようにする、目に見えぬ壁。南蛮語では、バリアとでも言うた方がわかりやすいかな。我々神以外に、特殊な能力を持つ人間も結界を張ることができるのだが、建物全体に結界を張り巡らせるとは、かなりの霊力がなければできぬ」
「けど、悪いモノをシャットアウトできるようにしてるのなら、それっていいことじゃない?」
「普通の結界ならばな。されど、この結界を形成しているのは、極めて邪悪な気じゃ。それで、近付いただけで気分が悪うなる。ムカムカする妙なにおいも漂ってくるしのぉ」
「邪悪な気…… って。結界を張ってるのは、このビルのオーナーの天馬冬樹なのかな?そうすると、天馬って人は…… 悪い人?」
「この建物を見ただけでは、どいつが結界を張ったかまではわからん。張ったやつを見れば、即座にわかるがな」
「行こう!」
わたしは、返事も待たず、自動ドアの前に立ち、内部へと足を踏み入れた。
「こ、こら!くさい、くさい !鼻が曲がる!」
「シッ !静かに!」
わたしは小さく念押しして、さらに歩を進める。
ビルの外観から想像したよりはゆったりとしたスペースで、エントランスフロアだけで学校の教室の二倍ほどはある。
正面に受付があり、きれいなお姉さんが座っている。受付台には、小さなカエルのマスコット人形がいくつも置いてあった。
マスコットは小さいのだけじゃない。受付の左横には、高さが一メートルはある大きなカエルの石像がどーんと腰を下ろしている。口を大きく開けたユニークな顔に作られていて、何とはなしに親しみがわく。
天馬冬樹って、カエル好きなの?ちょっと意外だ。カエルの置物を集めてるなん て、根拠はないけど案外気のいい人なのかもしれない。
エントランスフロアには、待合い用にガラスのテーブルをはさんで五人掛けの高級そうなソファが二つ置いてある。先に入っていったハデな女性が一人、雑誌を読みながら座っていた。
周囲の壁には天馬冬樹がテレビ出演したり鑑定したりする様子を撮影したパネルがびっしりとかざられ、彼の著書をずらりと並べたスタンドも置かれている。
受付の右横に紫色のカーテンが下がっていて、上部に「鑑定ルーム」と表記されていた。
あの奥の部屋で、相談にやってきたお客さんと対面するんだな。
室内はお香がたかれているようだ。これは線香のにおいじゃなく、もうちょっと良い香り。パパとママに連れていってもらったイン ド料理屋でかいだような気がする。
コフッコフッ…… 。
フードの中から小さな音が聞こえた。せきをしている音?トウタが?ひょっとして、このにおいが原因だろうか。大丈夫かなぁ…… 。
トウタの身を案じつつ、室内をじろじろながめ回していると、受付のおねえさんが立ってこちらにやってきた。
「おじょうちゃん、こんにちは。何かご用ですか?」
笑顔で話しかけてくるおねえさんに、わたしは「あの…… えっと…… 」と、この時になって初めて言い訳を考え始めた。こんな風になるのは最初からわかってるくせに、行き当たりばったりで突進するなんて、わたしはホントにどうかしてる。
ママと一緒にここへ来るはずだったんだけど、途中で迷子になって…… いやいや、親より先に子どもが着くなんて、ちょっと不自然だよね…… もうシンプルに、 まちがえて入ってきちゃいました、ってことに…… でも何にまちがう?塾?ピアノ教室?児童館?
わたしが口ごもっていると、おねえさんは「あっそうか!」と手をたたいた。
「今日、天馬先生が開催してる『特別こども鑑定大会』に来るはずだったのに、遅刻しちゃったんじゃない?」
特別こども鑑定大会?何それ ?
ポカンとするわたしに、おねえさんは話を続ける。
「『ドラゴンカート』のイベントで抽選に当たったんでしょ?でもねえ、始まってからもうかなりたつから、そろそろ終わっちゃうわよ」
ドラゴンカート?渉くんが参加してたゲームのイベントじゃない!
彼女が鑑定ルームを振り向いたのとほぼ同時に、紫のカーテンがめくり上がった.
カーテンを持っているのは、ドリームエイジの竜二だ!
彼のうでの下から、見るからに小学生という背格好の子たちが親同伴で次々と出てきた。
全部で十組。子どもは低学年から高学年までバラバラで、男子も女子もいる。
でもちょっと気になったのは、親子そろって全員がニコニコはしてるのに、子どもの方がみんなどことなく元気なさそうに思えたこと。何でそう感じたのか、それはさっぱりわからない。
そんな彼らを竜二は最後尾から「はいはい、おつかれさま〜。気をつけて帰ってね〜」と追い立てるように玄関へと誘導する。
「ねえ、奥山さん!ちょっと、ちょっと!」
いきなり、おねえさんは竜二に向かって手まねきをした。
わたしは出てきた子たちの表情をながめてたから、止める間もない。
「あの、いいんです、いいんです!どうも失礼しました」
そう言って出て行こうとするわたしのうでを、おねえさんがつかむ。
「どうしたんすか〜?」
竜二が、軽い調子でやってきた。
「この子、鑑定大会に遅れちゃったみたいなのよ。先生、まだこれから診てもらえそうかしら?」
まったく何を言い出すのよ、このおねえさんは!
「はあ?遅れた子なんていませんよ。今日の定員は十人。みんな、時間どおりにちゃんと来て、先生に診てもらいました」
竜二はそう言い、わたしを見下ろした。
「あれ?じゃあ、おじょうちゃんはどうしてここに来たのかしら?」
おねえさんは、わたしのうでをつかんだまま問いかける。
「えっと…… だから…… 入る場所、まちがえちゃって…… 」
「パパかママは、一緒じゃないの?」
「一緒なんですけど…… はぐれたみたいで…… 」
そうおねえさんに答えながら、ちらっと竜二の方を見た。
竜二はうで組みをして、疑わしげな表情でこっちを見つめている。
早くここから離れなきゃ。
「でも、わたし、大丈夫ですから…… 」
強引に手を振りほどこうとした時、おねえさんと竜二の背後からだれかが近寄ってきた。
「どうしたのかしら?何かトラブルでも?」
声の主に対して、おねえさんは「先生!」と姿勢を正し、わたしの手を放す。
先生ってことは…… つまり、この人が天馬冬樹!
光沢のあるグレーの立派なスーツ姿で、年齢は三十代か四十代。真ん中から分けた銀髪は肩まであり、目が三日月みたいに細くて、ちょっと下ぶくれなのは、テレビに出てくるのと同じ顔だ。
こうやって生で見ると、身長はおねえさんよりも、竜二よりも高く、体格もいい。
「トラブルではなくて、この女の子がまちがえてうちのビルに入ってきちゃったみたいで」
「ふぅん、そうなの…… 」天馬はしばらくわたしを見つめていると、やがてひざを折り、ほほえんだ。
「おじょうちゃん、とってもいいオーラをまとってる。今日はこれからテレビの収録だから時間がないけど、今度遊びに来てくれたら、じっくりちゃんと診てあげるからね。もちろん無料で」
「は、はい…… 」
そう答えるのが精一杯だった。だって、天馬の目はどことなく冷ややかで、見つめられていると、背筋がふいにゾクゾクッとなったんだもの。
「いい子、いい子」
天馬は左手をわたしの肩に置き、右手で頭をなでた後、すっくと立ち上がった。
「奥山、じゃあテレビ局まで送ってちょうだい」
「はい、車を出します」
竜二に続いて玄関へ向かおうとした天馬が立ち止まり、再びこっちを向いてほおをゆるめ、出ていった。
「すごいじゃない、おじょうちゃん!鑑定大会に参加できるのは、大勢の中から選ばれたひとにぎりの子たちだけなのよ。それなのに、偶然先生の目に止まって別枠で、しかも無料で診てもらえるなんて!」
自分のことのように喜ぶおねえさんを横目に、わたしの胸の中は不安でいっぱいになっていた。だって気のせいかもしれないけれど、天馬の笑顔は、なぜだかとても不気味で、怪しげなものに映ったから…… 。
目次
第 10 章 近日公開
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