top of page

第 7 章

トウタの履歴

 トウタはわたしのマクラの横で丸くなり、すやすや寝息をたてている。
 一方、ベッドに入ってもなかなか寝つけないわたしは、深夜になってリビ ングに行き、ママのパソコンの電源を入れた。
 パパとママは、わたしとは別の寝室にいるんだけど、気付かれないようリビ ングの照明は一番暗い常夜灯に。
 「天馬冬樹」と入力し、インターネット検索する。
 有名人だから、ものすごくたくさんの情報がヒットするんだけど、そのほとんどは天馬が出演する番組に関わる内容や、天馬の占いについてほめちぎる声と、逆にペテン師だとこてんぱんに批判する声ばかりだ。
 天馬の公式ホームページを見ると、プロフィールが簡単に記されていた。
 茨城県出身で、幼いころから強い霊視能力を持ち、近所の人たちや友人の身に起こる様々な出来事をぴたりと予言し、「神童」と呼ばれていた。
 地元の大学を卒業してから上京し、未来鑑定家として開業。相談に来た客の生い立ちや現状を言い当て、未来を切りひらくための的確なアドバイ スをすることで徐々に人気が上昇。三十代に入ってからはテレビ出演するようになり、現在は複数のレギュラー番組を持ち、著書も多数。
 天馬のファンや支持者らで構成する全国組織「天馬会」を主宰し、会長も務めている。
 竜二が「会長」って呼んでたのは、この組織のトップだからだろう。
 こんなことくらいしか、書かれていない。つまり、これだけじゃ、あいつの悪だくみや裏の顔はさっぱりわからないということだ。
 わたしは次に「俵藤太」と入力した。守護神になってくれたトウタについ て、当事者としてはもっとちゃんと知っておかなくちゃいけない。
 俵藤太…… 百科事典サイトによると、これは若い時の名で、正式には藤原秀郷 (ふじわらのひでさと)という。
 今の栃木県を根城にした平安時代の有力豪族で、生まれは京都だとか、滋賀だとか、神奈川だとかいろんな説があって、はっきりしたことは不明…… 。それよりわたしの目をひいたのは、彼が関東で反乱を起こした平将門に戦いを挑んで勝利し、将門をその手で討ち取った本人らしいということだった。
 朝廷から派遣された各地の役人を追放し、関東のほぼ全域を制圧した将門は、これでひとまず大丈夫と判断したのか、それとも長期間の戦でくたくたになった兵士たちを少しは休ませてやろうと思ったのか、部隊を一旦解散させてしまう。そのすきを狙って攻撃をしかけたのが、秀郷だ。将門は少ない手勢にも関わらず奮戦し、一時は秀郷の軍勢を打ち破る寸前まで追い詰めた。ところがこの時、それまで将門勢にとって有利に吹いていた強い追い風が正反対に向きを変えた。
 弓の矢は、追い風を受ければその分速さが増し、強力になる。それが、向かい風になれば矢の速度は落ち、一転して不利になってしまう。
 後退しようとした将門は、秀郷軍から飛んできた一本の矢にこめかみを射抜かれ、あっけなく死んだ。この矢を放ったのが、秀郷その人だと言われている。
 総大将の死で、将門配下の軍勢は総崩れとなり、主だった仲間たちもみんな殺された。それは朝廷が派遣した京都からの追討軍が関東に到着する前の出来事で、秀郷にとってはとても大きな手柄だった。
 トウタが将門を知ってるような口ぶりだったのは、こんな因縁があったからなん だ。将門の乱を平定した功績によって、秀郷は、東北地方の軍司令官である鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)という高い地位につい た。
 当時の朝廷の勢力圏は、北は東北地方までで、本州の北端や北海道には「蝦夷 (えみし)」と呼ばれる別の民族がいて争いが絶えなかったらしい。
 さらに秀郷は、下野国(栃木県)と武蔵国(むさしのくに・今の東京都、埼玉県、 神奈川県の一部)の長官にも任命され、関東地方に一大勢力を築く。
 武士団の統率者を指す「武家の棟梁」として、当時はスーパーヒーローのような存在だった彼には、常識では考えられない化け物退治のエピソードがいろいろ伝承されている。下野国で百々目鬼を討ったという話だけでな く、今の滋賀県にある琵琶湖では、龍神を苦しめていた大ムカデを矢で射倒したいう逸話もあった。龍神とできた縁って、このことかもし れない。
 それなのに、その後の経歴も、いつどこで死んだのかもわかっていない。トウタは生前最後に住んだのが、わたしのよく行くあの神社の辺りだと言ってたけれど、 記録が何一つ現代に伝わっていないのは、長い歳月の間に度重なる戦乱や災害で全て失われたか、残っているにせよ、まだだれも知らない場所で日の目を見ずに納められたままなのか…… 。結局、彼の名声はいつの間にか歴史の中にうずもれてしまったんだ。
 それにひきかえ平将門は、反乱を起こした逆賊のはずなのに、庶民の人気を獲得し、今では渉くんが読んでいた歴史まんがにもなっている。百科事典にはその理由として、日本人が古くから弱い立場の人や、失意のうちに死んだ人を、正当に理解せず同情を寄せがちな民族であるため、とも書いていた。
 トウタが、グチるのも当然だ。
 それでも、トウタって、すごい人だったんだということはよくわかった。
 わたしの守護神は、俵藤太…… 藤原秀郷。
 ここまで調べているうちに、気持ちはだいぶしずまってきたようで、ようやくウトウトしてきた。
 寝室に戻ると、トウタは同じポーズで寝入っている。ベッドに入ったわたしは、いつの間にか深い眠りに落ちていた。翌日から、これまで経験したことのない大事件が立て続けに起こることもまだ知らずに…… 。

第7章挿絵
bottom of page