第 6 章
見鬼の力
洗剤を買い忘れ、日がすっかり暮れてから帰宅したわたしは、ママに大目玉をくらった。
夕食とおフロをすませ、寝室に戻ったわたしを、トウタはベッドの上でヘビがとぐろを巻くみたいにして待っていた。
「母親からえらくしぼられておったな〜」
「もうさんざんだよ。来月のおこづかいは半分に減らされて、明日から一か月、ずっと朝のゴミ出し当番なんだから」
「まあそうふてくされるな。それより、明日からの作戦を決めねばならん。放った式神が消滅したことは、天馬もとうに気付いておろう。なぜ消えたかとなれば、追跡対象のマオに倒されたと考えるのが普通じゃ。このまま大人しく黙ってはおるまい。そもそも、やつはなにゆえお前を式神に尾行させたか、わかっておるのか?」
「えっ?ビルにまちがって入ってきたなんて、変だと思ったからでしょ?」
「それも少しはあるかもしれぬが、お前の人並みはずれた精気に興味を示したから、というのが大きかろう」
「わたしの精気?…… って、そんなに強いの?」
「強い。それだけでなく、見鬼(けんき)の力、霊界の様子を見る能力も備わっておる。お前は、がしゃどくろと百々目鬼の姿をしかとその目で見たであろう?あれは平凡な人間には決して見えぬ。お前にこれほどの力があるのであれば、わざわざわしがだれにでも見える姿になる必要もなかったが、まあそれでは透けたままの不明瞭な霊体でありがた味もわかぬじゃろうし、わしに直接ふれることもできぬゆえ、このままでも良しとして……左様なことより、いずれにせよお前は、天馬に目を付けられてしもうた。これからは、よほど注意して動かねばなるまい」
「だからまず、天馬がどれほど危険で悪質な男なのか、渉くんにどうやって忠告するかでしょ?」
「それは後回しじゃ。やつのねらいが、はたして子どもの精気を吸い取ることだけなのかどうか…… 」
「ほかに別の目的があるって言うの?」
「確証はないが…… 天馬ビルの中に、カエルの置物がたくさんあったであろう?あれがどうも引っかかってな」
「カエルねえ…… わたしはカワイイと思ったけど」
「とにかく、天馬が邪気に満ちた結界の中に子どもを集め、精気を吸い取っている。これは事実じゃ。何のためにそんなことをしておるのか、渉という少年も何かしらの目的のためにねらっておるのかどうか。それがわかれば、やつからお前を守る手立ても打ちやすかろう。天馬の拠点たるあの建物の中に、それを知る手がかりが必ずある。そのためにも、内部にもぐり込み、やつのたくらみをあばかねばならぬ」
「それはわかるけど、あのビルにどうやって忍び込むの?見つかったら、今度は不法侵入で警察につかまっちゃうよ。だから…… わたしたちの代わりに、トウタの妖魔を使うっていうのは?」
「あの結界は相当に強力じゃ。わしの使い魔では破れぬ」
「トウタは何ともない の?」
「当然じゃ !わしはこれでも神だぞ」
「だよね。こりゃ失礼」
わたしは、ペロッと舌を出す。
けれど、神様が使役する妖魔でさえはね返す結界を張れるなんて…… 天馬冬樹とは一体どれほどの力を持つ呪術師なのか…… しかも、そいつが渉くんだけじゃなく、わたしにも目を付けた…… 。
不安が募り、押し黙ったわたしに、トウタは「心配するな」とやさしく声をかけた。
「守護神のわしがついておる。いずれにせよ、明日今一度天馬ビルに行ってみぬか。例え外からでもあの建物を入念に調べ、あるいは見張っておれば、良い策を思い付くやもしれぬぞ」
わたしは、ほほえみ、そしてしっかりと首を縦に振った。
目次
第 10 章 近日公開
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