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【第20話】頼朝の前で大言壮語!小山政光1度きり?の名場面(2022年11月28日 投稿)




水野先生コラム:20回目

ライター:『鎌倉殿と不都合な御家人たち 「鎌倉殿」の周りに集まった面々は、トラブルメーカーばかり?』(まんがびと)『小山殿の三兄弟』(ブイツーソリューション)、『藤原秀郷』(小学館スクウェア)著者・水野拓昌



小山3兄弟(小山朝政長沼宗政結城朝光)の父であり、小山氏初代の小山政光は鎌倉幕府有力御家人の小山氏のリーダーなので、源頼朝のもとで大活躍したのだろうというイメージがあるかもしれません。なにしろ、小山氏のマスコットキャラクター「政光くん」にもなっています。ゆるキャラとしても凛々しくかわいいのですが、実在の小山政光は具体的な行動について、ほとんど分かっていない、むしろ謎の人物なのです。




■ 小山氏初代、重要人物には違いないが…


小山政光の行動で唯一分かっているのが、奥州合戦に向かう頼朝を接待した宇都宮でのビッグマウス事件。最初で最後の政光登場場面です。

1189年(文治5年)7月25日、頼朝は、藤原秀郷平将門討伐のとき必勝祈願した前例にならって宇都宮社(宇都宮二荒山神社)に祈願しました。宇都宮の領主は宇都宮朝綱ですが、この日、頼朝を接待したのは小山政光。しかも、既に出家していて僧侶の格好でした。

小山政光が頼朝に伺候する若武者の名を尋ねます。

「無双の勇士、熊谷小次郎直家だ」

頼朝が答えると、側にいたのか、結城朝光が聞きました。

「なぜ『無双』の称号を得たのでしょうか」

「平家追討の一ノ谷をはじめ父(熊谷直実)と並んで、たびたび命を捨てて戦ったからだ」

 熊谷直実は、平敦盛討ちをはじめ、『平家物語』、『吾妻鏡』にエピソードの多い武将で、一ノ谷の戦い(1184年)で直実、直家父子は敵陣一番乗りを目指し、直家は負傷しています。熊谷父子は常に先陣を争う勇猛な武将です。

ここで小山政光が大笑い。

「主君のために命を捨てて戦うのは直家に限ったことではないでしょう。直家は仕える家来もいないので自ら勲功を挙げ、無双の称号を得たのでしょう。政光は家臣を派遣して忠義を尽くすのみです」

続けて小山朝政、長沼宗政、結城朝光の3兄弟と猶子(養子)・宇都宮頼綱に言いつけます。

「そういうこことなら今回は自ら戦って無双の称号をいただきなさい」


■感じの悪さ目立つが、発言力も実力に比例


小山政光の言葉には、熊谷直家クラスの武将なら部下に大勢抱えているのだ、その配下の武将たちが多くの勲功を挙げているのだ、小山氏の戦力の大きさ、勲功の大きさをお忘れなく……といった意味合いを含んでいるのです。そう説明せず、熊谷直家を小物扱いして、くさしてしまうわけですが……。

『吾妻鏡』によると、頼朝は上機嫌だったようですが、はたして本心はどうでしょうか。頼朝としては、兵の少ない武士団のモチベーションも上げねばならず、その好例として熊谷直家を紹介したわけですが、逆に政光に一本取られた形。内心、「余計なことを言いやがって……」といった心境だったのではないでしょうか。

現代からみれば、小山政光の言動は「謙虚さのかけらもない」「あまり調子に乗らない方がいい」と批判の対象となるでしょう。しかし、強い者がいばる、実力のある者が発言力もあるというのは、いかにも武士らしい率直さだとは思いませんか。



【次回のコラムも乞うご期待!】


▼前回【第19話】のコラムを見る▼

















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